ヒストン修飾によるゲノム刷り込み「非典型刷り込み」に関与の遺伝子を探索
理化学研究所(理研)は4月28日、マウスを用いて、胎仔の発生に重要な刷り込み遺伝子を複数同定したと発表した。この研究は、理研生命医科学研究センター融合領域リーダー育成プログラムの井上梓上級研究員、バイオリソース研究センター遺伝工学基盤技術室の的場章悟専任研究員らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Genes & Development」オンライン版に掲載されている。
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細胞が分裂する際に、DNAだけでなくヒストン修飾も一緒に引き継がれることで、分裂前後の細胞は同様の性質を保つ。しかし、卵と精子が受精し、次世代の胚へと細胞の性質が大きく変化するときには、ヒストン修飾はいったん消去されると考えられてきた。ところが、井上梓上級研究員らの近年の研究により、卵のヒストンH3の27番目のリジン(K)残基のトリメチル化修飾(H3K27me3)は、受精後にも維持され、次世代の胚のゲノム機能を制御することがわかってきた。H3K27me3は遺伝子発現を抑制する機能があり、これが受精後に母方染色体にのみ維持されることで、父方染色体だけから遺伝子発現が起こる。このような片親性の遺伝子発現制御機構は「ゲノム刷り込み」と呼ばれ、ヒストン修飾によるゲノム刷り込みは「非典型刷り込み」という。
井上梓上級研究員らは、非典型刷り込みの機能を調べるために、H3K27me3の修飾酵素であるEedを欠損した卵を作製した。すると、このEed欠損卵を受精させて得られる胚(Eed母性欠損胚)では、非典型刷り込みが破綻し、着床後の発生遅延、過半数の胚の胎生致死、および生存個体における胎盤の巨大化(過形成)などが生じることが明らかとなった。しかし、このような発生異常がどの遺伝子の刷り込み破綻が原因で起こるのかはわかっていなかった。
Eed母性欠損胚で9個の非典型刷り込み遺伝子について回復実験を実施
今回、この疑問に答えるために共同研究グループは、妊娠末期まで維持される9個の非典型刷り込み遺伝子に着目した。これらの刷り込み遺伝子は、本来なら父方染色体からだけ発現するが、Eed母性欠損胚においては父母両方の染色体から発現(両親性発現)する。そこで、発生異常の原因が非典型刷り込み遺伝子の両親性発現にあるのかを検証するために、9個それぞれの非典型刷り込み遺伝子について、2対ある遺伝子の片方を欠損(ヘテロ欠損)させることで、Eed母性欠損胚において当該刷り込み遺伝子の発現を正常化させる回復実験を行った。
哺乳類の性染色体は雄がXY、雌がXXであり、雌は機能するX染色体を雄と同じ1本にするために、胚発生時期に2本あるX染色体の1本を不活性化する。この「X染色体の不活性化」にはXist遺伝子が必須だ。井上梓上級研究員らは以前に、Eed母性欠損胚ではXist遺伝子の刷り込みが破綻し、父母両方のX染色体からXist遺伝子が発現してしまう結果、着床前発生過程において一過的に父母両方のX染色体が不活性化されることを見出していた。
Xistは胚発生に重要、C2MC、Slc38a4、Gm32885は胎盤形成に重要
そこで今回は、Xist遺伝子をヘテロ欠損させたマウスのEed/Xist母性欠損胚を作製し、Xist遺伝子の発現を片親性に戻した。この胚の発生を詳細に調べたところ、Eed母性欠損胚で見られた着床後の発生遅延は改善し、さらに産仔までの生存率も改善した。一方で、胎盤の過形成はXist遺伝子の発現正常化では全く改善されなかった。このことから、Xist遺伝子の両親性発現がEed母性欠損胚の胎生致死の主な原因である一方で、胎盤過形成は他の遺伝子が原因であることが示された。
続いて、胎盤過形成の原因遺伝子を同定するために、Eed/Xist母性欠損胚を用いて、残り8個の非典型刷り込み遺伝子それぞれをヘテロ欠損させ、各遺伝子の発現を正常化し、胎盤過形成が改善するかを調べた。その結果、Chromosome 2-miRNA cluster(C2MC)のヘテロ欠損により、胎盤を正常化できることわかった。C2MCは、胎盤で高発現するげっ歯類最大のマイクロRNAクラスター。また、胎盤の細胞におけるアミノ酸輸送に関与する遺伝子であるsolute carrier 38 member 4(Slc38a4)、または、機能未知遺伝子のGm32885のヘテロ欠損でも胎盤過形成の改善が認められた。一方で、その他の5個の刷り込み遺伝子のヘテロ欠損では、胎盤は改善しなかった。このことから、C2MC、Slc38a4、Gm32885の両親性発現が胎盤過形成に寄与することが示された。これらの遺伝子の両親性発現がどのように胎盤過形成を引き起こすのかについては、今後の課題となる。
受精卵にゲノム変異がなくても発生異常が起こる原因の一つが解明された
卵や精子といった配偶子から次世代の胚へと伝わるヒストン修飾は、その異常が世代を超えて影響を及ぼす可能性があるため、広く注目されている。今回、卵におけるヒストン修飾の欠落により次世代の発生に異常を引き起こす遺伝子が複数同定された。この成果について研究グループは、「受精卵にゲノム変異がなくても、特定の遺伝子におけるヒストン修飾が変化すれば発生異常が起こり得ることを初めて証明したものであり、不妊症機序の解明につながると期待できる」とし、「今後は、これらの遺伝子のヒストン修飾が卵形成過程でどのように確立され、受精後にどのように維持されるか、そしてこの確立・維持過程に親世代の環境がどのように影響するかなど、さらなる研究が待たれる」と、述べている。
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・理化学研究所 研究成果