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原発性卵巣機能不全の遺伝子治療にモデルマウスで成功-京大ほか

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2022年05月02日 AM11:45

卵胞にKit ligand遺伝子を導入し卵子形成の欠陥を治療するというストラテジー

京都大学は4月28日、マウスを用いて、卵子形成促進分子であるサイトカインのKit ligand()の卵巣への遺伝子導入により女性不妊症の遺伝子治療に成功したと発表した。この研究は、同大医学研究科の篠原美都助教、篠原隆司教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports Medicine」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

現在6組に1組の夫婦が不妊であり、その原因の半分は女性側にあるとされている。女性の場合、男性とは異なり出生後に生殖細胞の数が減少し続ける。卵子細胞の生存は卵子を取り囲む体細胞である顆粒膜細胞によって支えられ、顆粒膜細胞に発現するKitlが卵子の生存を促進する分子として知られている。卵子と顆粒膜細胞は卵胞を形成しているが、その周囲には「血液卵胞関門」と呼ばれるバリアが存在し、外部からの物質の卵胞内への侵入を制限し卵子発生を保護している。卵子にはKitlの受容体であるチロシンキナーゼ型分子のKitが発現し、両者の適切な相互作用により卵子形成が進行する。もしこの相互作用が阻害されると、卵子形成は停止し不妊症になる。

KitlSl-tマウスは、ヒトの病気では原発性卵巣機能不全と呼ばれる疾患のモデルマウス。KitlSl-tマウスでは、生まれた時に原始卵胞が存在するが、Kitlを欠損しているためその後卵胞が発育せず、先天性不妊になる。原発性卵巣機能不全においては卵巣が正常に働かなくなり、排卵が起こらないために子孫を得ることができない。この疾患の患者は40歳女性の1%程度の頻度を占めており、現在のところ治療方法がなく卵子提供を受けて妊娠するしかない状況だ。

)は非病原性でありゲノムに挿入されないため、2000年代に入ってから遺伝子治療に適用しよういう機運が高まり、さまざまな霊長類から100種類程度のAAVが分離されている。現在AAVは血友病やパーキンソン病、網膜色素変性症などに対する遺伝子治療に用いられており、今後も対象となる疾患は増加していくものとみられる。AAVは「脳関門」という脳組織と血流を隔てるバリアや、「血液精巣関門」という精巣組織と血流を隔てるバリアを通過できる能力があることから、研究グループはこのウイルスは「血液卵胞関門」も通過できるのではないかと考えた。もしこのバリアを通過できるのであれば、卵胞に遺伝子を導入することで卵子形成の欠陥を治療できるとの仮説を立てた。

AAV9が血液卵胞関門を通過し卵胞内の顆粒膜細胞に感染すると発見

研究では、先天的にKitlを欠損するために不妊症になっているKitlSl-tマウスを利用した。このマウスでは卵巣におけるKitlの発現が完全に欠落しており、卵巣内には最も未分化な原始卵胞しか存在しない。原始卵胞は成熟したマウスの卵巣でも確認することができるが、卵子形成が進行しないために正常な排卵は不可能だ。

最初に、血液卵胞関門を通過するAAVウイルスをスクリーニングした。AAVには100種類を超えるウイルスがあり、ウイルスの表面分子の構造により分類されている。その中でもAAV9と呼ばれるタイプのウイルスが血液卵胞関門を通過することを見出した。AAV9は卵胞内の顆粒膜細胞に感染することができるが、卵子には感染しないことも確認した。

遺伝子導入後に卵子形成が開始、自然交配により出産

次に、Kitlを発現するAAV9ウイルスを作成し、成熟したKitlSl-tマウスの卵巣内にガラス針を用いてウイルスを卵巣内に導入した。このマウスの卵巣を組織学的に解析したところ、遺伝子導入の直後から卵胞の発育が開始し、成熟卵胞の形成まで確認できた。

そこで遺伝子導入を行なった雌マウスを雄マウスと交配させたところ、遺伝子導入から約2か月で自然交配により子孫を得ることができた。19匹のマウスに遺伝子治療を行った結果、8匹 (42.1%)のマウスから合計29匹(平均3.6匹)の子孫が産まれており、うち1匹の雌は二回出産することができた。生まれてきた子マウスは次世代の産仔を産むことも確認した。

子マウスにはAAV遺伝子の挿入は見られず

遺伝子治療において最も危惧される副作用は子孫のゲノムへの遺伝子挿入だ。そこで、子マウスのDNAを用いてAAV9の配列の有無を複数の方法で検討したところ、どの子孫にもAAV9のゲノムが挿入されていないことがわかった。

以上の結果により、先天的雌不妊症のマウスモデルにおいて遺伝子治療により妊孕性の回復に初めて成功した。これまで原発性卵巣機能不全は難治性疾患として知られていたが、卵巣への遺伝子治療の開発により女性不妊症の新たな治療法が生じる可能性がある。

卵巣内の体細胞が原因の不妊症を治療できる可能性、AAVの安全性を含め今後検討

近年の次世代シークエンサー技術の進展により女性不妊症の原因遺伝子が次々と明らかになってきている。例えばFSHR、FOXL2、INHAなどの遺伝子は顆粒膜細胞に発現する遺伝子で、その機能不全は不妊症の原因になっているが、現段階では治療法がない。しかし、このようなケースでも今後の研究の進展によっては遺伝子治療により正常な遺伝子を導入することで子孫を得られる可能性がある。このようにAAVを用いて卵子の分化を促進すれば、卵巣内の体細胞が原因となる不妊症を治療できる可能性があるため、研究結果は女性不妊症の新規治療法の開発につながる可能性がある。

一方、AAVはすでに臨床応用されているとはいえ、完全に安全なものとは限らない。筋肉などの体細胞の組織において遺伝子挿入が低い頻度で起こりうることが報告されている。こうした危険性がどのくらい生殖細胞においてもあるのか、実験動物を用いて今後慎重に検討する必要がある。「今回の実験では遺伝子治療を行ったマウスのうち4割程度しか出産できなかったことから、現在の技術をさらに改善することももう一つの重要課題だと考えている」と、研究グループは述べている。

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