言語情報が身体所有感に与える影響は?
畿央大学は4月27日、身体所有感と痛みに影響する要因の一つとして、言語情報が関与することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院 修士課程修了生 田中智哉氏(市立福知山市民病院)と森岡周教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Frontiers in Human Neuroscience」に掲載されている。
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身体的および精神的な苦痛を有する人は「自分の身体」を自分のものと感じられなくなることがある。これは、身体所有感が低下した状態と考えられている。身体所有感の低下はリハビリテーション過程において回復を阻害する因子であると考えられていることから、身体所有感に影響を与える要因を検証することは重要だ。
一般的に、身体所有感は視覚、触覚、固有感覚(位置情報)といった情報など、ボトムアップ情報を統合することによって生まれると考えられている。一方、近年では文脈などのトップダウン要因も関与することが議論されている。文脈の操作として、言語情報が最も簡易に用いられるが、身体所有感に与える影響は十分に検証されていなかった。そこで研究グループは今回、ラバーハンド錯覚実験を用いて、外傷のある偽物の腕に対して身体所有感を惹起させる際に、その腕に対して恐怖を生じさせる言語情報を与え、影響を検証した。
錯覚時に恐怖を生じさせる言語情報を与えると、偽物の手に対する主観的な身体所有感が増加
参加者からは偽物の手のみが見えている状況で、実験者は筆を用いて参加者の本物の手と偽物の手に対して同じタイミングで触覚刺激を加えると、参加者は徐々に偽物の手を自分自身の手であると錯覚する(錯覚条件)。これをラバーハンド錯覚という。一方、異なるタイミングで触覚刺激を与えると、錯覚が生じにくくなる(非錯覚条件)。今回の研究においても、錯覚条件と非錯覚条件を、第1実験では各偽物の手に対し、第2実験では各参加者に対して行った。
第1実験には15人の健常人が参加。ラバーハンド錯覚によって惹起された外傷のある偽物の腕に対する身体所有感と錯覚後の疼痛閾値の程度を、外傷を有していない健常な偽物の腕の程度と比較。その結果、錯覚条件における主観的な身体所有感は、外傷のある偽物の腕と健常な腕は同程度惹起されることがわかり、外傷のある偽物の腕を用いるラバーハンド錯覚が、実験として成り立つことを確認した。
第2実験には30人の健常人が参加。外傷のある偽物の手のみを用いたラバーハンド錯覚を行った。その際、参加者はランダムに「恐怖文脈あり」と「恐怖文脈なし」の2グループ(それぞれ、15人ずつ)に分けた。
「恐怖文脈あり」はラバーハンド錯覚を行う際に、その偽物の腕に対して恐怖文脈を生じさせる言語情報(事故で救急搬送された状況、釘が貫通して出血し、激しい痛みがあるなど)を与えた。一方、「恐怖文脈なし」は、その腕に対して恐怖文脈を引き起こさない言語情報(仮装パーティー準備中の状況、血のりなので痛みは全くないなど)を提示した。
その結果、「恐怖文脈あり」の錯覚条件では、主観的な身体所有感を増加させ、その増加の程度が大きい参加者ほど、痛みを感じやすくなることが明らかになった。
今後は「健常者と筋骨格系疼痛を有する人の身体所有感の違い」を検証する予定
今回の研究成果により、身体所有感と痛みに影響する要因の一つとして、言語情報が関与することが明らかにされた。これは、医療者による対象者への病態説明などの言語情報が、身体所有感や痛みにも影響する可能性が示唆される知見と考えられる。しかし、慢性的な痛みを有する者と健常者では、ラバーハンド錯覚に対する反応が異なることが報告されている。そのため研究グループは、今回明らかになったことが臨床において、そのまま応用できるわけではないとしている。
「今後は、健常者と筋骨格系疼痛を有する人の身体所有感の違いに関して検証していこうと考えている」と、研究グループは述べている。
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・畿央大学 プレスリリース