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新型コロナ感染が嗅覚関連の認知機能や記憶に影響を与える可能性-東大ほか

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2022年04月11日 AM11:45

モデル動物のSARS-CoV-2感染後42日までの嗅上皮と脳の組織解析を実施

東京大学は4月7日、SARS-CoV-2感染後のシリアンゴールデンハムスターの嗅上皮と脳の組織を解析し、嗅上皮での嗅神経細胞と炎症細胞、脳での炎症細胞やシナプスの形態変化を明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科外科学専攻耳鼻咽喉科学・頭頸部外科学、東京大学医学部附属病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科の山岨達也教授らおよび杏林大学保健学部臨床検査技術学科の石井さなえ准教授らの研究グループは、テキサス大学医学部ガルベストン校の研究グループとの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」オンライン版に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

(SARS-CoV-2)のパンデミックから約2年が経過し、SARS-CoV-2の急性症状だけでなく、慢性症状や合併症の報告も多くなった。慢性症状は嗅覚障害だけでなく、中枢神経症状の報告が少なくない。そのため、「これらの中枢症状の原因は何なのか、完治するのか、嗅覚障害との関連はあるのか」などについて明らかにすることが、喫緊の課題となっている。これまでに東京大学の山岨達也教授らの研究グループは、世界に先駆けてCOVID-19のモデル動物を確立させ、嗅上皮の組織解析を行ってきた。研究グループは今回、SARS-CoV-2感染後42日までの嗅上皮と脳の組織解析を行った。

SARS-CoV-2感染が嗅球でのシナプス前部だけでなく後部にも影響を与えている可能性

研究グループはこれまでに、SARS-CoV-2感染後21日の嗅上皮の一部に傷害が残存することを報告していた。嗅上皮に存在する成熟嗅神経細胞は脳(嗅球)に軸索をのばしており、それぞれの神経に発現する嗅覚受容体の発現パターンに依存し、嗅上皮と嗅球で対応した層構造(Zone1~4)を形成している。嗅覚受容体の先行研究で傷害の残存していた嗅上皮の背内側はZone1の部位と酷似していたため、嗅上皮障害の部位をより正確に評価するため、Zone1に特異的に発現するタンパク質(NQO1)が存在する部位での成熟嗅神経細胞を評価した。その結果、SARS-CoV-2感染後42日の嗅上皮は鼻腔の全領域で正常厚まで改善しているにもかかわらず、Zone1における正常嗅神経細胞数は少ないままだった。また、同部位の粘膜固有層の炎症細胞であるマクロファージは感染直後から42日まで持続して活性化したままだったという。

これらの結果から「SARS-CoV-2感染後の中枢神経症状は、嗅覚入力の減少によるものである」との仮説を立て、嗅覚に関わる嗅球と嗅皮質、記憶に関わる海馬での神経細胞、グリア細胞の形態解析を行った。まず、鼻腔でSARS-CoV-2に感染した後の脳内にウイルスが存在するのかを明らかにするために、免疫染色を行ったが、陽性細胞は認めなかった。合成二本鎖RNAアナログであるpoly(I:C)の経鼻投与による上気道炎症マウスモデルの嗅球では、炎症細胞であるミクログリアは感染後早期に活性化し、感染後9日には正常化していることが明らかとされていることから、SARS-CoV-2でも同様の変化をするか確認したところ、感染後17日でもミクログリアは活性化していた。この結果から、SARS-CoV-2感染によって脳に起こる免疫応答は、単純な二本鎖RNA刺激による気道炎症に伴うものとは異なる可能性が示唆された。

また、鼻腔内の長期にわたる炎症が嗅球を萎縮させることが知られていたため、非感染群と感染群での嗅球の重量を比較したが、差はなかった。次に、(Zone1)での成熟嗅神経細胞の減少が嗅球のシナプス形成にどのような影響を与えているかを検証したところ、感染後42日での嗅球糸球体における成熟嗅神経細胞の軸索の密度が減少していることがわかった。また、嗅上皮傷害の残存の有無にかかわらず、嗅球全体での糸球体サイズが縮小していることも明らかとなった。これらの結果は、SARS-CoV-2感染は嗅球でのシナプス前部だけでなくシナプス後部にも影響を与えている可能性を示唆している。

ミクログリアとアストロサイトの活性化が長期間持続、樹状突起スパイン密度が減少

続いて、嗅覚情報処理の高次脳である嗅皮質と記憶に関連した海馬でグリア細胞の活性を解析。SARS-CoV-2感染による嗅皮質のミクログリアの活性化は確認できなかったが、嗅皮質軟膜に存在するマクロファージは嗅球と同様に感染後17日まで活性化を認めたという。また、嗅皮質におけるアストロサイトは感染後42日まで活性化している可能性を見出した。

また、嗅覚と関連した海馬のCA1の尖端領域では基底領域と比べて、ミクログリア、アストロサイトの活性化が長期にわたり持続していることが明らかとなった。さらに、同部位での樹状突起スパイン密度が減少していることも発見した。樹状突起スパインは神経細胞樹状突起にある棘上の構造物を指し、シナプス後部を形成している。樹状突起スパインに存在する受容体に神経伝達物質が結合することで活動電位を発生させる。これらスパインの構造は記憶や学習において変化することが知られており、、統合失調症、アルツハイマー病患者においてもスパインの形態や密度の変化が報告されている。

SARS-CoV-2感染による嗅覚障害などの病態解明だけでなく治療シーズ開発加速にも期待

同研究は、COVID-19モデルであるシリアンゴールデンハムスターの組織の免疫染色とゴルジ染色で得られたものであるため、臨床症状と一致するかは不明だが、従来のウイルス・細菌の鼻腔感染の所見とは異なる点が多く見受けられた。また、SARS-CoV-2感染後8日にはシリアンゴールデンハムスターの嗅覚認知行動は正常化しているとの結果と同研究の結果から、SARS-CoV-2感染は匂い物質の変容(閾値の変化、感じ方の変化)や嗅覚に関連した認知機能や記憶に影響を与える可能性あると考えられた。

「本研究の成果はSARS-CoV-2感染による嗅覚障害や中枢神経症状の病態解明だけでなく治療シーズ開発を加速させると期待される」と、研究グループは述べている。

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