神経損傷後に自然回復する仕組みは不明だった
九州大学は4月1日、痛みからの自然回復に必要な細胞を世界で初めて発見したと発表した。この研究は、同大大学院薬学研究院の津田誠主幹教授、同薬学府の河野敬太大学院生(当時)、白坂亮二大学院生、同薬学研究院の増田隆博准教授らの研究チームは、同高等研究院および生体防御医学研究所、岡山大学、情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所、及び塩野義製薬株式会社との共同研究グループによるもの。研究成果は、「Science」にオンライン掲載されている。
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がん、糖尿病、帯状疱疹、脳梗塞などで神経が傷付くと、非常に長引く痛みを発症する場合がある。この慢性疼痛は神経障害性疼痛と呼ばれ、解熱鎮痛薬などの一般的な薬では抑えることができず、モルヒネのような強い薬でも効かないことがあり、治療に難渋する。日本の神経障害性疼痛患者数は約600万人と推定されている。神経障害性疼痛の発症メカニズムは依然としてよくわかっておらず、著効する鎮痛薬もない。
ミクログリア細胞は、脳や脊髄に存在する細胞のひとつ。正常なときには、細長い突起を動かしながら周囲の環境を監視しているが、神経が傷つくと活性化し、さまざまな物質を作り出し、神経細胞の活動を変化させる。また、ダメージを受けた神経などを貪食して除去する働きもある。
これまで研究グループはマウスを用いた研究により、脊髄のミクログリア細胞が神経の損傷によって脊髄で活性化し、それが痛みの発症に深く関わることを明らかにしてきた。一方で、神経を損傷させたマウスは、その傷が治っていないのにもかかわらず、徐々に痛みが弱くなっていくことが知られていた。しかし、この自然回復の仕組みはこれまでわかっていなかった。
ミクログリアが変化したサブグループを発見、痛みが弱くなる時期と相関
研究グループは今回、神経を傷つけたマウスの脊髄で活性化したミクログリアの一部が変化し、ある特殊なサブグループを作り始めることを発見した。その変化のタイミングは、痛みが弱くなる時期と相関していたという。
サブグループが作り出すIGF1が痛みからの回復に必要と判明
そのミクログリア細胞のサブグループの役割を明らかにするため、このサブグループだけを脊髄から除去したマウスを作製し、痛みを評価したところ、通常は見られるはずの痛みからの自然回復が全く起こらず、痛みが非常に長く持続することが明らかになった。さらに、この細胞はIGF1という物質を作り出し、このIGF1が痛みからの回復に必要であることも明らかにした。
したがって、これまで慢性疼痛を発症させる原因とされてきたミクログリア細胞だが、その一部は「状況に応じて変化し、痛みを和らげる」という、これまでの常識からは予想し得ない新たな作用を獲得することを明らかにした。これは、長引く痛みへの身体の対処能力のひとつだと考えられる。
慢性疼痛に有効な治療薬開発に期待
これまで痛みの発症に関わるとされてきたミクログリア細胞だが、今回の研究で特定されたサブグループには痛みを抑える新しい働きがあることが判明した。
「今後、同サブグループ細胞を増やすような化合物、あるいはIGF1をそのサブグループ細胞で多く作り出すような化合物が見つかれば、神経障害性疼痛などの慢性疼痛に有効な治療薬の開発につながることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・九州大学 研究成果