既存の蛍光色素は腫瘍集積性に乏しい上、実臨床での効果や実用性に限界があった
大阪市立大学は3月29日、近赤外線レーザーを照射することで卵巣がん細胞を手術中に可視化する新しい蛍光色素を開発と発表した。この研究は、同大大学院医学研究科女性病態医学の福田武史講師はハーバード大学、ジョージア州立大学との共同研究グループによるもの。研究成果は、「Angewandte Chemie」に掲載されている。
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卵巣がん患者の予後を改善する最も重要な要素が手術による病巣の完全切除だ。医学が進歩している現在でも、手術中のがんの場所や正常組織との境目は、いまだに術者が眼で見るか触って確認する方法に頼っているが、現実はがんや正常組織を見たり触ったりするだけで区別するのは簡単ではない。卵巣がんは治療開始時点で腹腔内に小さい腫瘍が散らばる播種という状態が多く、このような1ミリ以下の微小な病巣まできれいに切除することが大切だ。
手術中にがんの場所をくっきり蛍光で標識する蛍光ガイド手術は、腫瘍の局在を明らかにすることで外科医の助けとなり、腫瘍切除成績を向上させる技術として注目を集めている。しかし、現在認可されている数少ない蛍光色素は腫瘍集積性に乏しい上、薬物動態に改良の余地があり、さらに毒性により実臨床での効果や実用性に大きな限界がある。
投与24時間後まで1ミリ以下の腫瘍組織を検出、蛍光ガイド下での手術で多数の腫瘍除去が可能
今回、研究グループは、近赤外領域に蛍光を持つスクアライン色素の化学構造や電荷に修飾を加えることで、高輝度で安定した卵巣がん指向性のある蛍光色素を開発した。合成、検討したスクアライン派生蛍光色素の中で、フッ素を持つOCTL14は血清タンパクとの結合能が低いため標的組織に迅速に分布し、細胞膜上の有機カチオントランスポーターを介し卵巣がん細胞内へ迅速に取り込まれ、リソソームに集積することでがん細胞内に保持されることが判明した。また、OCTL14を卵巣がん腹膜播種マウスモデルに投与したところ、投与24時間後まで1ミリ以下の微小な腫瘍組織を検出し、その蛍光ガイド下での手術では肉眼だけに比べて多数の腫瘍の除去が可能だった。
OCTL14の薬物動態を調べたところ、がん細胞に取り込まれなかったOCTL14は素早く胆汁や尿を介して体外に排泄され、そのことによりがん細胞と周辺組織とのコントラストが付きやすく、また毒性が低いこともわかった。さらに、異なる波長の蛍光を発する色素とOCTL14を併用することで、尿管など機能的に重要な正常組織とがん組織を同時に検出することが可能であることも明らかにし、卵巣がん手術を含む婦人科手術の際の合併症の一つである尿管損傷のリスクを減少させつつ、腫瘍の完全切除を手助けし迅速かつ正確な手術の遂行に貢献できることも証明した。
卵巣がんなど女性特有の疾患の手術成績向上や予後の改善に期待
OCTL14は小さな分子で、比較的簡単・安価に大量合成が可能で、臨床応用にも適しており、広く普及すると期待される。近年手術は腹腔鏡などによる非侵襲的な方法が主流になってきている上、ダビンチ・システムなどを使ったロボット手術が増えると、手術のナビゲーション技術の重要性は増すと期待されている。
しかし現在のところ、医薬品として認可されている蛍光物質はICG含め数個と限られており、選択肢が少ないことがこの技術の限界となっている。卵巣がんのような女性特有の疾患に対する新しい診断、治療法の開発は遅れがちだが、この蛍光物質が将来的に認可されて手術に応用されると、卵巣がんの手術成績が向上し、卵巣がん患者の予後が改善されることが期待される。
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