マイコバクテリア感染症で細胞外増殖が起こるメカニズムは不明だった
広島大学は3月28日、病原性マイコバクテリアが赤血球を利用して、細胞外で活発に増殖することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大学術・社会連携室環境遺伝生態学分野 西内由紀子特任准教授らのグループと新潟大学大学院医歯学総合研究科細菌学分野 松本壮吉教授らのグループによるもの。研究成果は、「Microbiology Spectrum」にオンライン掲載されている。
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マイコバクテリア感染症は世界の公衆衛生上の脅威となっている。結核は世界の三大感染症のひとつであり、MAC症は罹患率が増加し、日本では結核の罹患率より多くなった。これらの病原性マイコバクテリアに感染すると、マイコバクテリアは白血球の1つであるマクロファージの細胞内で増殖することが知られている。
ところが、マイコバクテリア感染症では、しばしば多くの細胞外マイコバクテリアが観察され、病気の進行や感染の拡大に関与していると考えられてきた。マイコバクテリアは細胞内寄生菌なので、これらの細胞外の菌はマクロファージが壊死して壊れた結果、マクロファージの中で増殖した菌が細胞外に出ていると考えられてきた。一方で、病気が進行してできる液状化した壊死性肉芽腫や開放性空洞では細胞外の結核菌が活発に増殖しているとの報告があり、さらに感染が全身に拡がった時の循環血液中でも、細胞外で増殖していると考えられてきた。このように、細胞外増殖が起きていることは明らかになりつつあるが、その増殖メカニズムは不明だった。
マイコバクテリアは肺の毛細血管の赤血球や感染部位に生じる肉芽腫の壊死部分に存在する赤血球と共在
マイコバクテリア感染症において、血痰や喀血は肺感染症に伴う最も一般的な症状であり、貧血もよくみられる合併症だ。それにもかかわらず、赤血球とマイコバクテリア感染症の関係は注目されていなかった。また、赤血球は肺と組織の間でガス交換をしているだけでなく、血液循環に侵入してきた異物や病原体を取り除く免疫の役割も果たしていることが知られている。病原体が侵入すると、赤血球は膜表面のCR1を使って病原体を捕まえる。赤血球は病原体を肝臓や脾臓のマクロファージにCR1とともに渡して殺してもらい、病原体を渡した赤血球は血液循環に戻る。
研究グループは、マイコバクテリアに感染したマウスの肺や肺MAH症の患者の肺から得た切片を、マイコバクテリアを赤く染める抗酸性染色で詳細に観察したところ、マイコバクテリアが、肺の毛細血管の赤血球や感染部位に生じる肉芽腫の壊死部分に存在する赤血球と共在していることを見出した。
赤血球の中ではMAHは生存できないことが判明
さらに、赤血球とMycobacterium avium subsp. Hominissuis(MAH)を一緒に培養し、接着していない菌を洗い流してから電子顕微鏡で観察してみると、確かに赤血球にマイコバクテリアが接着しており、赤血球の中にも存在していた。赤血球の膜表面のどの分子を使ってマイコバクテリアが接着しているのかを調べるため抗体を使った実験などを行った結果、赤血球膜に多く存在している補体受容体1(CR1)とシアロ糖タンパク質に接着していることが証明された。接着または赤血球内のマイコバクテリアは生きているのかを明らかにするため、赤血球とMAHを一緒に培養し、MAHの菌数の変化を調べたところ、勢いよく菌数が増加していることが判明。その増殖速度は、至適条件で培養したときの対数増殖期の速度(倍加時間11時間)と変わらなかった。
細胞の膜を通過せずMAHを殺菌できる抗菌剤アミカシンを使って赤血球の外側の菌を殺してみると、生きているMAHの数は徐々に減少した。電子顕微鏡写真でも、赤血球の中のMAHは細胞膜の一部が破壊されていることが観察できた。これらのことから、赤血球の中ではMAHは生存できないことが明らかになった。
細胞外マイコバクテリアは赤血球を利用して細胞外で増殖した結果である可能性
次に、細胞外増殖する際、MAHが増殖するために直接赤血球と接着する必要があるのか調べた。セルインサート(小さいザル状の器)を細胞培養の容器に入れて赤血球とMAHを分離したときと、セルインサートなしで直接接着することができる状態とで、MAHの増殖を比較すると、セルインサートなしで直接接着している時に活発に増殖した。これらの性質は、結核菌およびMycobacterium intracellulareでも同様に確認できた。これらの結果から、病原性マイコバクテリアは、赤血球に直接接着して活発に細胞外増殖することが判明。言い換えると、赤血球はマイコバクテリアが感染する細胞の1つであることが明らかになった。
マクロファージはマイコバクテリアが感染する細胞であるだけでなく、侵入した病原体や古くなった細胞を貪食し、傷ついた組織を修復することが知られている。そこで、マクロファージがMAHを接着した赤血球を貪食するか調べた。単球由来THP-1マクロファージは、MAHと赤血球が接着しているときの方が、MAH単独の時より多くのMAHを貪食した。
これらの結果から、液状化した壊死性肉芽腫内で観察される多くの細胞外マイコバクテリアは赤血球を利用して細胞外で活発に増殖した結果であると考えられ、感染症の進行や感染拡大に細胞外増殖が関わっていることが示唆された。赤血球はガス交換だけでなく、侵入してきた病原体を取り除く役割も果たしている。マイコバクテリアも赤血球のCR1に接着して肝臓や脾臓に移されて殺されるが、時に生き残り、そこで増殖すると考えられる。また、他の接着因子を使うことで、マイコバクテリアが肝臓や脾臓に移動せずに赤血球に接着したまま、増殖しながら循環している可能性もある。マクロファージはMAHが接着した赤血球をそのまま貪食できるため、これが粟粒結核や播種性MAC症へと病気の悪化につながっている可能性もある。このように、病原性マイコバクテリアが赤血球を利用して細胞外で活発に増殖することは、病気の進行や全身への播種、潜伏感染、貧血などの合併症発症のメカニズムに深く関わっていること、マイコバクテリア感染症の課題解決の鍵になる可能性が示された。引き続き、マイコバクテリアが赤血球に接着する時の菌の膜表面の接着因子を明らかにする必要がある。この接着因子が、マイコバクテリアが細胞外増殖するメカニズムを解く鍵になるとしている。
新規知見がマイコバクテリア感染症のメカニズム解明につながることに期待
今回の研究成果により、マイコバクテリアと赤血球が患者体内の肉芽腫の壊死部分や循環血内に実際に共在していること、実験的にマイコバクテリアが細胞外増殖することが明らかにされた。今後は、患者体内でマイコバクテリアが赤血球を利用して実際に細胞外増殖しているかどうかを明らかにする必要がある。
「赤血球を利用した細胞外増殖のメカニズムが明らかになれば、マイコバクテリア感染症の進行、全身播種、貧血や潜伏感染など、今まで解明できなかった病気のメカニズムを明らかにする端緒になると期待できる。これらが明らかになれば、新たな治療法の開発につながる」と、研究グループは述べている。
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・広島大学 研究成果