骨が伸びるためには軟骨細胞におけるTRPM7を介した自発的Ca2+流入が必要
京都大学は3月16日、軟骨細胞内カルシウムイオン(Ca2+)動態を独自の手法で解析することによって、強力な骨伸長促進作用を持つC型ナトリウム利尿ペプチド(CNP)が軟骨細胞内の Ca2+シグナルを活性化していることを発見したと発表した。この研究は、同大薬学研究科の市村敦彦助教、宮崎侑博士課程学生らの研究グループが、同医学研究科、同メディカルイノベーションセンター、同工学研究科および岐阜大学医学部との共同研究として行ったもの。研究成果は、「eLife」にオンライン掲載されている。
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細胞内Ca2+は、いろいろな生理機構に必須と言えるほど重要なシグナル分子として働いている。たとえば、受精、筋収縮、神経伝達物質やホルモン分泌などの重要な生理機能はすべて細胞内Ca2+の濃度が適切に変化することによって調節されている。しかしその一方で、Ca2+シグナルの詳しい仕組みや担っている生理的な役割がまだよくわからない細胞もたくさんある。そういった細胞におけるCa2+の役割を明らかにすることで細胞ごとに特徴的な生理機能を理解できるだけでなく、Ca2+シグナルの調節による生理機能の制御もできる可能性がある。研究グループは、細胞内Ca2+の制御に関わる分子の機能を解明することを大きな目的の一つとして研究を行ってきた。
2019年、骨の伸長を担っている軟骨細胞におけるCa2+動態やその生理機能がよくわかっていないことに注目し、その解明を試みた。体の中にある状態に近い状態を保ったまま軟骨細胞内のCa2+濃度の変化をリアルタイムに測定できる実験系を独自に確立して解析を行った。その結果、軟骨細胞における自発的Ca2+変動という現象を発見するとともに、TRPM7というCa2+を含む2価の陽イオンを透過するイオンチャネルがこれを調節し、軟骨細胞の正常な機能や分化成熟に必要であることを発見した。TRPM7 を遺伝子レベルで働かないようにしたり、阻害薬を使ったりすることで軟骨機能が障害されて骨の伸長が阻害されたことから、この分子機構が骨を伸ばすために必要であることがわかった。この発見から、TRPM7を介した軟骨細胞内Ca2+シグナル経路を活性化することで骨を伸ばすことができると予見された。また、体の中にもともと備わっている骨を伸ばす物質の作用に、軟骨細胞内Ca2+シグナル経路が関与していることも考えられた。
CNPはTRPM7<軟骨細胞内Ca2+シグナル活性化により骨の成長を促進しているか?
そこで、今回の研究では強い骨伸長促進作用を持っていることが報告されていたC型ナトリウム利尿ペプチド(CNP)に注目した。CNPは1980年から1990年にかけて日本で同定された3種類のナトリウム利尿ペプチドの一つ。CNPの投与によって骨が伸びることはげっ歯類での実験だけでなくヒトでも臨床試験で確かめられており、軟骨無形成症という骨の伸びが著しく障害され四肢短縮や低身長が引き起こされる遺伝性疾患の治療を目指した解析がこれまでに多数行われてきた。その成果に基づいて、米国バイオマリン社によって開発されたCNP類縁ペプチドであるVOXZOGOTMが軟骨無形成症治療薬として欧米で先行して昨年承認され、日本でも承認される見通しであることから臨床的に注目が高まっている。
軟骨無形成症では、遺伝子変異によって分裂促進因子タンパク質キナーゼ(MAPK)シグナルが過剰に活性化することで骨伸長が障害されることが知られている。CNPは受容体でありグアニル酸シクラーゼ活性を持つNPR2分子に作用し、細胞内のシグナル分子の一つであるcGMPを増加させる。その結果、cGMPにより活性化するタンパク質リン酸化酵素PKGが活性化する。PKGが過剰なMAPKシグナルを抑制することにより軟骨無形成症の骨の伸長を促進すると報告されていた。しかし、病気を引き起こす変異を持たない正常な骨や、MAPKシグナルの過剰活性化を伴わない骨伸長障害に対してもCNPの骨を伸ばす効果が観察されることから、CNPの作用に必要な細胞内シグナルの理解は十分ではない可能性が考えられた。そこで、CNPがTRPM7を介した軟骨細胞内Ca2+シグナルを活性化することで骨の伸長を促しているのではないかと考えて今回の研究を行った。
CNPによる新規軟骨細胞内シグナル経路「NPR2-PKG-BKチャネル-TRPM7チャネル-CaMKII」を同定
主な研究手法として、マウス胎児大腿骨端の軟骨組織を構成する軟骨細胞でおこる細胞内 Ca2+濃度の変化をそのまま観察できる独自の実験系を用いた。新生直前(胎生17.5日齢)のマウスから大腿骨を取り出し、およそ40µmの薄さでスライス培養試料を作った。この試料に Ca2+濃度を蛍光シグナルとして観察可能なFura-2という試薬を取り込ませることにより、生きた軟骨細胞のなかで起こる細胞内Ca2+濃度の変化をライブイメージングした。前回の論文ではこの手法を用いることで軟骨細胞内のCa2+濃度が自発的に上昇と下降を繰り返している現象を同定し、軟骨細胞内Ca2+の自発変動と名付けた。観察中の軟骨組織は常に生理的な溶液を還流しており、還流液に阻害薬や活性化薬を加えることで軟骨細胞内 Ca2+がどのように刺激に応答しているのか知ることができる。まず、CNPで1時間室温で軟骨細胞を刺激してから細胞内Ca2+濃度をイメージングしてみた。すると、軟骨細胞内 Ca2+の自発変動がCNPの濃度に依存して強くなった。一方で、同じナトリウム利尿ペプチドでも骨を伸ばす作用を持たないA型ナトリウム利尿ペプチド(ANP)ではこのような現象は観察されなかった。
そこで、次にこの軟骨細胞におけるCa2+シグナルの増強がどのような分子的機序で起こるのか、薬理学的実験と遺伝学的モデルの両方を用いて検証した。CNPの受容体であるNpr2遺伝子を軟骨細胞特異的に働かなくすることでCNPの作用は消失した。前述の通り、NPR2はグアニル酸シクラーゼ活性を持っており、その刺激によりcGMP産生が増加する。cGMPの安定な類縁体を用いると、CNPで刺激したときと同様に軟骨細胞内Ca2+シグナルが増強された。また、PKGの阻害薬をCNPで予め刺激された軟骨スライスに処置すると、CNPによって増強したCa2+シグナルが弱くなった。ここで、過去に報告されていた情報と研究グループの以前の研究から、PKGによってリン酸化され活性化する分子として、大コンダクタンスCa2+感受性K+(BK)チャネルが予想された。実際に、BKチャネル阻害薬をCNPで予め刺激された軟骨スライスに処置すると、CNPで増強されたCa2+シグナルが弱くなった。
BKチャネルは膜電位を調節している分子。BKチャネルが活性化してK+を細胞外に向かって透過することで、細胞の内側が外側に対して相対的に強くマイナスに荷電した状態、すなわち過分極が引き起こされることが予想される。そこで、膜電位を蛍光イメージングできる色素を用いて CNP によって膜電位がどのように変化するか調べた。その結果、CNPで刺激することによって、膜電位が下がり過分極が引き起こされていること、また、その効果はBKチャネルの阻害薬を用いることでキャンセルされることがわかった。過分極が引き起こされると細胞内が定常より強くマイナスに荷電するため、陽イオンが細胞内に透過しやすくなる。この電気化学的な力によってTRPM7を介して細胞内に流入するCa2+が増加していると考えられた。実際に、TRPM7阻害薬を用いるとCNPによって増強されたCa2+シグナルは著しく阻害された。さらに、CNPによって流入したCa2+によって、CaMKIIという Ca2+依存的に活性が上昇する酵素が活性化していることもわかった。
BKチャネル活性化薬にもCNPに似た骨伸長促進作用を観察
一連の解析から、CNPが軟骨細胞内Ca2+シグナルを活性化することが初めて明らかになった。では、新たに同定したシグナル経路はCNPが持つ骨を伸ばす作用に必要なのだろうか。これを検証するために、Trpm7遺伝子を軟骨細胞でのみ働かなくしたマウスの足の指の骨を体外で培養し、そこにCNPを加えてみた。すると、Trpm7が働いている対照群マウスの骨はCNPの添加によって伸長したが、Trpm7が働かないマウスの骨はCNPを加えても、加えていない場合と同程度にしか伸びなかった。Trpm7が働かないマウスの骨は定常的な軟骨細胞内Ca2+シグナルの減弱によってそもそも短いことが研究グループの以前の研究からわかっていた。今回の実験から、CNPによって増強されたTRPM7チャネルを介して軟骨細胞内に流入するCa2+がCNPの骨を伸ばす作用にとって必要であることが新たにわかった。
最後に、今回見つけたシグナル経路を活性化すれば骨を伸ばすことができる可能性を検証するために、BKチャネルの活性化薬を体外で培養した野生型マウスの骨に加えてみた。その結果、BKチャネル活性化薬の添加によって、CNPを加えたときのように骨が伸びることがわかった。また、BKチャネル活性化薬はCNPと同じくTrpm7が働かない骨には効果がなかった。以上の結果は、今回新たに発見したCNPシグナル経路に関与するイオンチャネルや酵素の活性を調節することによって骨を伸ばすことができる可能性を示している。
骨を効果的かつ持続的に伸ばす薬物治療法の確立等に向け詳細なメカニズム解明へ
今回、一連の研究から、CNPが活性化する新たな軟骨細胞内シグナル経路としてNPR2-PKG-BKチャネル-TRPM7チャネル-CaMKIIを同定した。Trpm7遺伝子の発現がCNPの骨を伸ばす作用にとって必要であったことから、今回同定したシグナル経路がCNPの強力な骨伸長促進作用に寄与する重要なシグナル経路であることが示された。さらに、同定した経路の下流分子であるBKチャネル活性化薬にもCNPに似た骨伸長促進作用が観察されたことから、今回同定したシグナル経路の活性を薬理学的に調節することによって、骨の長さを制御できるようになると期待される。
前述の通り、CNP類縁ペプチドであるVOXZOGOTMが軟骨無形成症治療薬として日本でも承認されつつある。臨床試験ではヒト軟骨無形成患者に対して身長が伸びる速度を増加させることが示されており、有効性に関して疑いないと考えられる。一方で、軟骨無形成症患者ではCNP受容体であるNPR2の活性が抑制されていること、長期間の投与によって効果が減弱される可能性があることなどもいくつかの研究から示唆されている。そのため、CNPの作用に関連する細胞内シグナル経路を正確に知ることが骨を効果的かつ持続的に伸ばす薬物治療法を確立するためにも重要だ。
今回の研究成果はCNPが軟骨細胞にどのように働いて骨を伸ばしているのかという仕組みの一端を解明した新知見であり、これまで不完全だったCNP作用の分子メカニズムが明らかになった。今後、解明した細胞内Ca2+シグナル経路を利用してCNPの作用を増強する手法を開発できる可能性がある。また、BKチャネルやTRPM7チャネルといったシグナル経路に関与する分子の活性を調節することで骨を伸ばす物質が見つかることも期待される。さらに、今回同定したシグナル経路は病的な状態だけではなく定常的な状態においても骨を伸ばすために働いていると考えられるため、このシグナル経路の活性を調節することで骨の長さを人為的に変え体格を制御できる可能性も考えられる。すなわち、愛玩動物や家畜を任意に小型化・大型化させるようなこともできる可能性がある。ただし、骨を伸ばす目的でイオンチャネルの活性調節薬を全身性に投与することは副作用を引き起こす可能性が予想されるため、実用に至るためには解決すべき課題が多く残されており、着実な研究により一つずつ克服していくことが必要だ。
研究グループは、「今後、同定したシグナル経路の活性を調節可能な物質の探索を行いつつ、軟骨細胞内Ca2+制御メカニズムのより詳細な解析を進めていきたい」と、述べている。
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