染色体不分離に由来する常染色体トリソミー症候群、根治療法は未確立
広島大学は3月11日、ヒトの主要なトリソミー症候群である21、18、13トリソミーおよび9トリソミーの患者細胞をiPS細胞リプログラミングしたところ、過剰染色体がランダムに喪失して正常核型に自己修正されることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大原爆放射線医科学研究所の松浦伸也教授、Silvia Natsuko Akutsu助教、埼玉県立小児医療センター遺伝科の大橋博文部長らの研究グループによるもの。研究成果は「PLOS ONE」のオンライン版に掲載されている。
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常染色体トリソミー症候群は、1対の相同染色体に加えて、特定の相同染色体を1本過剰に持つ染色体異常症。ダウン症として知られる21トリソミーの他に、18トリソミーや13トリソミーなどがある。いずれも卵子や精子が作られる過程で、染色体が正常に分離しないことに由来する。根本的な治療法は今のところ確立されていないが、培養細胞で過剰な染色体を修正する新たな治療法の開発が進められている。
患者の皮膚線維芽細胞からiPS細胞を樹立、トリソミーレスキュー現象を確認
最近、ダウン症患者細胞をiPS細胞リプログラミングすると、トリソミー染色体に偏って染色体が損失する現象が報告された。iPS細胞リプログラミングとは、体細胞に特定の4因子を導入して未分化な状態(iPS細胞)にすることをいう。
そこで研究グループは、ヒトの主要なトリソミー症候群(21、18、13、9トリソミー症候群)患者8人の皮膚線維芽細胞を入手して、iPS細胞を190クローン樹立し、全てのクローンについてゲノムDNAのコピー数を網羅的に調べた。その結果、各トリソミー症候群の少なくとも1つの細胞株において、トリソミーレスキュー現象(トリソミー染色体を持つ細胞が、細胞分裂時に過剰な染色体を排除して正常核型となること)が確認された。この染色体の喪失は、親の由来に関係なく起こっていた。
以上の結果から、iPS細胞リプログラミングによって多能性が誘導されると、「トリソミー染色体のうち1本がランダムに細胞から喪失する」「ダイソミーに正常化した細胞が選別されて単一iPS細胞コロニーを形成する」ことが考えられた。さらに、染色体が喪失するメカニズムとして、後期ラギング(細胞分裂の後期で、特定の染色体が遅れて分離する現象)が推定された。
ゲノム操作を伴わない新たな治療法として再生・移植医療への応用に期待
トリソミーレスキューは、着床前の初期胚でも観察されており、染色体数を正確に保つ生体のメカニズムの一つと考えられる。iPS細胞のトリソミーレスキューは、初期胚のトリソミーレスキューとメカニズムを共有する可能性があることから、今回の研究成果は生殖補助医療への貢献が期待されると研究グループは見ている。
iPS細胞リプログラミングによるトリソミーレスキューは、ゲノム操作を伴わない染色体を修正する新たな治療法として、不妊症やがん治療などの再生・移植医療への応用が期待される。また、放射線被ばくは、染色体の数や構造異常を引き起こすが、次世代への遺伝的影響はヒトで確認されておらず、「今回の研究成果は、放射線被ばくで遺伝的影響が見られないことの解明にも結びつく可能性がある」と、研究グループは述べている。
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・広島大学 研究成果