生体の活性硫黄分子の新たな供給源として「腸内細菌」に着目
慶應義塾大学は3月9日、腸内細菌叢が抗酸化物質である活性硫黄分子の生体内の量的維持および上昇に寄与していることを発見したと発表した。この研究は、同大薬学部薬学科の内山純氏、秋山雅博特任講師、金倫基教授を中心とする研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports」の電子版に掲載されている。
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体内には酸化によるダメージを最小限に抑える防御機構が数多く存在する。抗酸化物質は、酸化的修飾の形成を防ぎ、酸化ストレスによって引き起こされた損傷を中和または修復する化合物。システイン(CysSH)やグルタチオン(GSH)などのチオール化合物はよく知られた抗酸化物質だが、これらに硫黄原子が付加したシステインパースルフィド(CysSSH)やグルタチオンパースルフィド(GSSH)などの活性硫黄分子も、新規抗酸化物質として作用する。CysSSHやGSSHなどのパースルフィドは、それぞれ親化合物であるCysSHやGSHよりも高い抗酸化能を有するため、酸化ストレス防御に重要な役割を担うことが注目されている。
近年、腸内細菌が腸管内外の臓器の生理機能に関与している証拠が示されており、腸内細菌の影響が消化管内の生息域を超えて、全身性に及んでいることが示唆されている。実際、代謝性疾患、肝疾患、心血管疾患、さらには神経変性疾患などのさまざまな全身性疾患は、腸内細菌の組成の変化と関連していることが報告されている。これら多彩な生理調節機能は、腸内細菌のさまざまな代謝物を産生する能力に起因している。一方で、腸管は硫黄代謝が盛んに行われている臓器の一つだが、腸内細菌による活性硫黄分子の産生と宿主に及ぼす影響については研究されていなかった。そこで研究グループは今回、生体の活性硫黄分子の新たな供給源の一つとして腸内細菌に着目し、腸内細菌由来の活性硫黄分子が宿主に与える影響の検討と活性硫黄分子産生菌の探索を試みた。
腸内細菌叢は宿主の活性硫黄分子の量を増加させていた
研究ではまず、腸内細菌叢が生体内の活性硫黄分子量に影響するかを評価するため、通常マウス(通常群)とアンピシリンとバンコマイシンの抗菌剤併用投与により腸内細菌を除去したマウス(抗菌剤投与群)における血漿中の活性硫黄分子濃度の比較を行った。その結果、抗菌剤投与群では通常群と比較して、活性硫黄分子であるCysSSH、GSSH濃度が有意に低下していた。さらに、腸内細菌を持たないGerm free(GF)マウス(無菌群)と通常群の比較においても、無菌群で有意な活性硫黄分子レベルの低下が確認された。一方で、無菌群のマウスに通常群の腸内細菌を定着させたexGFマウス(通常菌叢定着群)では、活性硫黄分子レベルが通常群のマウスと同程度まで上昇することが明らかになった。これらの実験結果は、宿主の活性硫黄分子の一部は腸内細菌により供給されていることを示唆しているという。
腸内細菌はシスチンを基質として「CysSSH」を産生
次に、腸内細菌が直接的に活性硫黄分子を産生しているかを検討するため、マウスの糞便をメチオニン、システイン、シスチンの3種類の含硫アミノ酸と培養し、上清中の活性硫黄分子濃度の比較を行った。その結果、培養上清中のCysSSH濃度は、シスチンを添加した際に顕著に増加することが確認された。さらに、上記の活性硫黄分子産生が腸内細菌の酵素反応によるものかを検討するため、水を投与したマウス(通常群)と抗菌剤を投与したマウス(抗菌剤投与群)の糞便から、それぞれ酵素を含む高分子画分を抽出し、シスチンと反応させた。
その結果、通常群の画分を反応させた場合には、CysSSHが産生されたのに対して、抗菌剤投与群の画分を反応させた場合にはCysSSHはほとんど産生されなかった。さらに、マウスへのシスチンの経口投与により、血中の活性硫黄分子濃度が上昇した。このシスチン投与による血中の活性硫黄分子濃度の上昇は、抗菌剤投与による腸内細菌の除去で抑制された。これらの実験結果は、腸管においてシスチンを基質として腸内細菌により産生された活性硫黄分子が宿主側へ移行している可能性を示している。
シスチンの投与は酸化ストレス性の肝炎病態を軽減するが、抑制効果は腸内細菌依存的
活性硫黄分子は強力な抗酸化能を有する生体内抗酸化物質であるため、腸内細菌由来の活性硫黄分子が宿主の生体内における抗酸化能を増強させていることが考えられた。そこで、酸化ストレス性の病態モデルとして知られているコンカナバリンA誘導性肝炎モデルを用いて、宿主の酸化ストレスに対する腸内細菌由来の活性硫黄分子の役割を検討した。
コンカナバリンAを投与された単独投与群のマウス(コントロール群)において、広範囲の壊死巣が確認された。また、肝障害マーカーである血清中ALT値は、コンカナバリンA投与により、コントロール群において有意に増加した。一方で、シスチン投与群では壊死巣の縮小が観察され、血清中ALT値の増加も有意に抑制された。さらに、肝臓における酸化ストレスの指標として、マロンジアルデヒドの定量を行った結果、コンカナバリンA投与による肝臓中でのマロンジアルデヒドの蓄積も同様に、コントロール群と比較して、シスチン投与群において有意に抑制されていた。一方で、これらシスチン投与による肝障害抑制効果は抗菌剤投与下では確認されなかった。以上の結果より、シスチンの投与は酸化ストレス性の肝炎病態を軽減するが、この肝障害抑制効果は腸内細菌依存的であることが示唆された。
活性硫黄分子産生能力が高い腸内細菌も特定
最後に、活性硫黄分子を高産生する腸内細菌の探索を行うため、さまざまな腸内細菌の単菌培養においてシスチンを添加した際の培養上清中のCysSSH濃度を測定し、CysSSH産生能を比較した。その結果、Ruminococcaceae科やLachinospiraceae科に属する腸内細菌が高い活性硫黄分子産生能を有することを確認した。
個体の抗酸化作用を増強する腸内細菌など、臨床応用に向けた研究の進展に期待
現代人は、食生活の悪化、運動不足・高負荷の運動、過労やストレス、電磁波・放射線・水質汚染をはじめとする環境汚染などにより、高い酸化ストレス環境に置かれていると言える。この酸化ストレスから身を守るために、生体では抗酸化物質・抗酸化酵素などが作られていることが知られていた。今回の研究により、これら生体の抗酸化分子に加え、ヒトと共生関係にある腸内細菌叢が活性硫黄分子を産生・供給することにより、酸化ストレス防御に貢献していることが新たに判明した。また、腸内細菌叢がヒトの生理機能や疾患と深く関わっていることが次第に明らかになってきていたが、同研究では、宿主の酸化ストレス防御能を増強するという腸内細菌叢の新たな機能が発見された。
「今後は個体の抗酸化作用を増強する腸内細菌やこれらの細菌の機能を向上させる物質などの臨床応用に向けた研究の進展が期待される」と、研究グループは述べている。
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