ドーパミンが扁桃体にどう作用してレム睡眠が開始するのか?
筑波大学は3月4日、ノンレム睡眠中の扁桃体基底外側核における一時的なドーパミン濃度の上昇が、扁桃体の賦活を引き起こし、それがレム睡眠の開始に不可欠であることを見出したと発表した。この研究は、同大国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)/筑波大学医学医療系の櫻井武教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Science」に掲載されている。
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睡眠中は、レム睡眠とノンレム睡眠を交互に繰り返していることは知られているが、このような睡眠サイクルがどのように作られているかは、よくわかっていない。一方、睡眠・覚醒状態は、脳幹・視床下部のモノアミン系神経の活動に強く影響を受けている。しかし、このうち、腹側被蓋野ドーパミン(VTA-DA)神経と呼ばれる、ドーパミンを産生する神経細胞の睡眠・覚醒時における活動については、一定の理解が確立しておらず、その役割も未解明だ。また、ヒトやラットの扁桃体はレム睡眠時に賦活するが、そのメカニズムや生理学的意義も明らかになっていなかった。
そこで研究グループは、ドーパミンがどのように扁桃体に作用してレム睡眠が開始するかを明らかにすることで、レム睡眠制御機構の解明を目指した。
扁桃体におけるドーパミンの一時的な上昇がレム睡眠の開始に重要
今回、研究グループは、ファイバーフォトメトリー法とドーパミン蛍光センサーを用いて、マウスの扁桃体内のドーパミンレベルの経時変化を観察した。この結果、扁桃体基底外側核におけるドーパミン濃度がノンレム睡眠中に一時的に上昇すると、その直後にレム睡眠が開始されていることがわかった。扁桃体以外の脳領域(側坐核、内側前頭前皮質、視床下部)においても同様の測定を行ったところ、扁桃体基底外側核とは全く異なる経時変化を示した。
次に、脳の各領域でドーパミンレベルが睡眠・覚醒サイクルにどのような役割を果たしているかを調べるため、それぞれの脳領域のVTA-DA神経終末をノンレム睡眠時にファイバーフォトメトリー法を用いて刺激し、一時的にドーパミンレベルを上昇させた。すると、扁桃体基底外側核でドーパミンレベルが上昇したときに、レム睡眠が開始された。また、扁桃体内の細胞集団のうち、ドーパミン2受容体を発現する神経細胞がドーパミンによって抑制されて、レム睡眠が開始することを発見。このときのドーパミンの増加は一過性だが、それをきっかけとしたドーパミン2受容体発現細胞の抑制は長く続き、これが扁桃体の賦活を引き起こし、レム睡眠を維持する役割を果たしている可能性が考えられた。
ナルコレプシーのカタプレキシー発作、覚醒時にレム睡眠開始で起こると判明
さらに、レム睡眠の制御には、オレキシンと呼ばれる神経ペプチドが大きく関わっていることが知られていることから、遺伝子操作によりオレキシンを欠損してナルコレプシーを発症させたマウスにチョコレートを与えてカタプレキシー発作を誘発し、脳内のドーパミンレベルの経時変化をファイバーフォトメトリー法とドーパミン蛍光センサーを用いて観察した。カタプレキシー発作はナルコレプシーの特徴的な症状で、笑いや喜びなどポジティブな情動が起こったときに、全身の筋肉から力が抜けるもの。ナルコレプシーを発症したマウスにチョコレートを与えて喜ばせると、カタプレキシー発作を誘発することが知られている。
こうしてマウスにカタプレキシー発作を起こしたところ、脳内のドーパミンレベルは、野生型マウス(オレキシンを産生する遺伝子が正常)のノンレム睡眠中におけるレム睡眠の開始直前と同じパターンを示すことがわかった。さらに、扁桃体基底外側核のVTA-DA神経の軸索や扁桃体内のドーパミン2受容体を人為的に操作したところ、カタプレキシー発作が誘発された。これらのことから、カタプレキシー発作は、扁桃体のレム睡眠開始機構が覚醒時に不適切に働いて引き起こされることが明らかになった。
レム睡眠に関わる睡眠障害の発症メカニズムの解明や治療法の開発を目指す
研究グループは今後、扁桃体基底外側核におけるレム睡眠開始機構の下流の神経回路を明らかにし、オレキシンがどのようにして覚醒中にレム睡眠の開始を抑制しているかを探る予定だとしている。
また、今回の研究により、扁桃体におけるドーパミン分泌量を制御することにより、レム睡眠量を自在に変化させることが可能になったことから、これを用いて、レム睡眠の役割を解明するとともに、睡眠・覚醒サイクルの生理学的意義の理解を進め、レム睡眠に関わる睡眠障害の発症メカニズムの解明や治療法の開発に取り組むとしている。
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・筑波大学 TSUKUBA JOURNAL