再生しないといわれる糸球体、「脱細胞」技術で自己再生機能の誘導は可能か?
慶應義塾大学は3月3日、動物の腎臓から、主にコラーゲンなどの有効成分を残して臓器の骨格のみを取り出す「脱細胞」という技術を応用して、世界で初めてブタの体内で部分切除した腎臓の一部を再生させることに成功したと発表した。この研究は、同大医学部外科学教室(一般・消化器)の田島一樹特任助教、八木洋専任講師、北川雄光教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「NPJ Regenerative Medicine」に掲載されている。
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腎臓は、透析技術の進歩により機能代替が可能だが、人工透析は血栓症や感染症といった合併症のみならず、患者の経済的な負担が大きいという医療経済的な問題を抱えている。また、腎臓の機能は糸球体を含むネフロンで賄われているが、生体内において糸球体は再生しないことが知られている。
研究グループは、この「再生しない」といわれる腎臓に対し、外から細胞を入れることなく「脱細胞」という技術を使って自己再生機能を誘導する方法を用いて、切除された部分の修復を試みた。「脱細胞」とは臓器から細胞成分を除去し、コラーゲンを主体とした骨格のみを残す手法であり、「脱細胞」した骨格は、立体臓器を再生させるための足場構造として機能することが期待されている。
ブタの腎臓に脱細胞を施し、腎臓骨格を作製
今回、研究グループはまず、ブタの腎臓に脱細胞を施してすべての細胞を除去し、「脱細胞化腎臓」すなわち「腎臓骨格」を作製した。脱細胞化された臓器には細胞が無くても、コラーゲンやラミニン、ファイブロネクチンなど細胞の機能を保つ足場として重要な細胞外マトリックスが残存していることが報告されており、今回の研究でも多数の細胞外マトリックスの残存を確認した。中でもさまざまなシグナル分子が脱細胞化腎臓内に多数認められ、細胞の遊走や生着を促し、腎臓の再生・修復に寄与している可能性が示唆された。
脱細胞化した腎臓骨格をブタの腎臓に接着、術後1か月でネフロン構造を確認
次に、手術で3分の1程度を切除したブタの腎臓の離断面に、脱細胞化によって作製したブタの腎臓骨格の周囲を縫合して接着させ、腎臓の再生・修復が誘導されるかを評価した。腎臓骨格の縫合手術から1か月後に腎臓を摘出し、病理学的に解析したところ、強い拒絶反応はなく、通常切除した後に見られる線維化も軽度であることがわかった。
内部でネフロン構造が確認され、特に糸球体や尿細管構造内部では機能発現に重要な足突起や刷子縁が再生している様子が電子顕微鏡で確認された。また網羅的な遺伝子解析の結果から、腎臓骨格内部で成長因子や細胞外マトリックスに関わる遺伝子の発現上昇が認められた。
腎臓骨格内部に血流を確認、尿生成を示唆する画像所見
免疫染色では、腎臓の幼若細胞マーカーであるSall1、Six2、WT-1等が発現した細胞が確認され、腎臓再生のメカニズムの一つとして幼若細胞の遊走が関わっている可能性が示唆された。さらに、再生した腎臓骨格内部におけるネフロンの機能を測定するために、手術後1か月の時点で血管造影と造影CT検査を実施。その結果、元々は細胞が全く無いはずの腎臓骨格内部に血流が確認され、尿の生成を示唆する画像所見も得られた。
腎臓再生医療技術開発の促進に期待
生体内で再生しないと理解されていたネフロンが、脱細胞化された腎臓骨格内部で再生したことは、今後の腎臓再生研究にとって大きな意義があると考えられる。今回腎臓の自己再生・修復を誘導したと考えられる腎臓骨格にはさまざまなシグナル分子が含まれることが明らかとなった。「今後メカニズムをさらに詳細に検討することで、新しい腎臓再生治療法の開発や、他の臓器への応用に発展することが期待される」と、研究グループは述べている。
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