ストレスフルな状況やうつ病ではIL-6の日内変動が平坦化
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は3月2日、小児期の被虐待体験が成人後のインターロイキン-6(IL-6)濃度の日内変動の平坦化に関連することを明らかにしたと発表した。この研究は、NCNP精神保健研究所行動医学研究部の堀弘明室長、富山大学学術研究部医学系臨床心理学・認知神経科学講座の袴田優子教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Brain, Behavior, and Immunity」にオンライン掲載されている。
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幼少期に虐待などの逆境体験を経験した場合、うつ病や心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの精神疾患、さらに、がんや心疾患などの身体疾患のリスクが高まることが多くの調査研究によって示されている。幼少期の逆境体験がどのようなメカニズムで成人後のさまざまな疾患につながるのか、はっきりしたことはわかっていないが、免疫・炎症系の関与を示唆する研究結果が近年相次いで報告されている。実際、幼少期に虐待体験を経験した者で、また、うつ病やPTS患者においても、IL-6高値などによって示される炎症の亢進が報告されている。しかし、幼少期被虐待体験は炎症の亢進と関連していないとする研究もあり、この関連の知見は十分に一致していないのが現状だ。
今回、研究グループは、代表的な炎症性サイトカインであるIL-6の濃度には概日リズム、すなわち生理的な日内変動が存在する、という事実に着目。ストレスフルな状況やうつ病では、このIL-6の日内変動が平坦化すると報告されている。そこで、幼少期に経験する強いストレスやトラウマによって生じる重要な生物学的変化は、IL-6の概日分泌リズムの平坦化ではないか、という仮説を立て、研究を進めた。
健常成人116人を対象に、IL-6濃度の日内変動を調査
今回の研究は、研究実施機関で収集されたデータおよびサンプルの一部を用いて行われた。同研究では、健常成人116人(平均年齢27.6歳:男性52人、女性64人)を対象とした。各被験者に対して面接を行い、精神疾患に罹患していないことを確認。幼少期被虐待体験は、自記式質問紙である幼少期トラウマ質問票(Childhood Trauma Questionnaire)によって評価し、虐待歴のある群とない群に群分けを行った。
IL-6濃度の日内変動を調べるために、連続2日間にわたり、日常生活の中で1日あたり5時点、すなわち、起床直後(T1)、起床30分後(T2)、正午付近(11:30~12:30)(T3)、夕方(17:30~18:30)(T4)、就寝前(T5)、での唾液サンプリングを実施。唾液中IL-6濃度は、専用キットを用いてELISA法により測定した。IL-6データの分析には、2日間の平均値を用いた。
IL-6日内変動パターン、幼少期の情緒的虐待と有意に関連
その結果、IL-6濃度の日内変動については、夜間が最も高く、午後から夕方にかけて低下するという、先行研究と同様のパターンが確認された。
IL-6の日内変動パターンは、幼少期の情緒的虐待(=暴言などの心理的虐待)と有意に関連していた。虐待歴のない群では明確な日内変動が認められたのに対して、虐待歴のある群では日内変動が大きく減弱し、平坦化していた。この平坦化の主たる要因は、夜間のIL-6濃度上昇の欠如にあることも明らかになった。
日内変動の大きさの指標である1日5時点のIL-6値の標準偏差についても、虐待歴のない群に比べ、ある群は有意に小さいという結果だった。
幼少期逆境体験、免疫システムに長期的な影響を及ぼす可能性
今回の研究意義は、幼少期逆境体験が生体のストレス応答に関与する免疫システムに長期的な影響を及ぼす可能性について、概日リズムの視点から一つの示唆を与えた点にあるという。同研究により、幼少期被虐待体験がIL-6の日内変動平坦化に関連することが世界で初めて見出された。
今後、うつ病やPTSDなどの強いストレス状態にある方々での検討が重要と考えられる。また、幼少期に虐待を受けてもIL-6日内変動平坦化が見られない者もいることから、IL-6日内変動の個人差に関わる遺伝的要因などの検討も必要と考えられる。
さらに、「免疫系の概日リズムが平坦化することで、どのような健康上の問題が起きるのか」という疑問が残されている。他の生体システムの概日リズムの平坦化や破綻がそうであるのと同様、おそらく免疫系についても、本来存在する概日リズムが消失するというのは、心身の健康にとって何らかのデメリットがあるものと想定されるという。これが明らかになることで、今回の発見の意義もより明確になる。そういった研究が進展することで、ストレスやトラウマに関連した精神疾患の早期発見・個別化予防法の開発につながることが期待される、と研究グループは述べている。
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