死後採血サンプルのメタボロミクス分析で糖尿病の死後診断につながるマーカーを探索
千葉大学は3月1日、故人の血液のメタボロミクス分析により、死後においても糖尿病の既往を反映するいくつかの代謝物が見出されることを発見したと発表した。この研究は、東京大学医学部学生(当時)の成相舞花氏(現:東京大学医学部附属病院 初期研修医)と東京大学大学院医学系研究科の槇野陽介准教授、および千葉大学大学院医学研究院の岩瀬博太郎教授、安部寛子助教(研究当時)(現:株式会社バイオデザイン)、星岡佑美助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「International Journal of Legal Medicine」に掲載されている。
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死因の特定は、法医学の実務において困難であることが多くある。故人の病歴を知ることで、調査は非常に進めやすくなり、また、亡くなる前の故人の状態を法医学者が推測する手助けとなる。一方、世界的にも有病率が高く、主要な慢性疾患である糖尿病(DM)は、故人の病歴が不明な場合、DMが直接の死因であるか否かの診断は非常に困難だ。そのため、自宅などで糖尿病が原因で死亡しているところを発見された場合、正確に死因が診断できず、また統計に反映されない可能性がある。現在、死亡後のDMの診断の際に使用されている生化学的検査は、その精度に限界があり、新たな手法の開発が診断の手がかりを増やす可能性が考えられた。
メタボロミクスは、生体系内の糖、アミノ酸、脂質などの代謝物を網羅的に解析する研究手法で、近年バイオマーカー探索や生体内のメカニズムを包括的に調べる目的で急速に発展してきている。メタボロミクス分析はこれまで、大腸がんからうつ病に至るまでの複雑な疾患のバイオマーカー探索や疾患のメカニズムを理解する目的でもまた使用されてきた。しかし、これまでのメタボロミクス分析を使用したほとんどの研究は、生きている人から採取したサンプルを用いて疾患バイオマーカーを検索しており、死後に採取したサンプルを用いてメタボロミクス分析を詳細に実施した研究はほとんどなかった。そこで研究グループは今回、死後に採取した血液サンプルのメタボロミクス分析により、DMの死後診断につながるマーカー探索を試みた。
リゾリン脂質など3つの代謝物が糖尿病の法医学診断のバイオマーカーになり得る
2014~2017年の間に千葉大学の法医学教室で剖検されたDMの病歴のある10人の被験者とDMの病歴が確認されていない10人の被験者を対象に研究を実施した。その結果、生体膜に存在するリン脂質の代謝産物であるリゾリン脂質は、DMの病歴のない被験者よりも、DMのある被験者で高い一方、2種類の脂質(スフィンゴミエリンとプラズマローゲン)は統計的に有意に低いことが確認された。これにより、これら3つの脂質を初めとするいくつかの代謝産物がDMの法医学診断のバイオマーカーとして使用できることが示唆された。
メタボロミクス分析の発展で、他疾患の診断や治療に対する新たな知見が得られる可能性
今回の研究成果により、死後においても糖尿病の病歴を診断する手がかりが増える可能性があり、死因究明の質が向上し、公衆衛生の向上や、冤罪発生の抑止に間接的に役立つことが期待される。
研究者の一人である成相氏は「死後の血液サンプルを使用したメタボロミクス分析をさらに発展させることで、他の疾患の診断マーカーも見つかる可能性がある。それにより、現在死因が明確でない事件の調査にも役立つことが期待される。さらに本研究は、糖尿病以外のさまざまな病気の診断や治療に対する新たな知見と、死後における体内の変化に関するより詳細な理解をもたらす可能性を秘めている。血液以外にも、死後の髪の毛や尿、硝子体液などもメタボロミクスの対象とすることでまた新たな知見が得られるかもしれない。今後メタボロミクスが法医学の新たな手法となると確信している」と、述べている。
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