精神疾患においてミクログリアの異常な活性化による過度な免疫反応
京都大学は2月17日、脳内の免疫細胞であるミクログリアが大脳皮質前頭前野の神経活動を制御することを発見し、そのメカニズムを初めて明らかにしたと発表した。この研究は、同大医学研究科博士課程学生の山脇優輝氏、同博士後期の和田弥生研究員、大槻元特定教授、松井茶恵医学部生らの研究グループによるもの。研究成果は、「Current Research in Neurobiology」にオンライン掲載されている。
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ヒトの脳は感情や思考など高次機能を司る器官である。脳内ではさまざまな神経細胞が活動し、行動を制御している。脳内には神経細胞のほかにグリア細胞と呼ばれる神経細胞を補佐する役割を担う細胞が存在する。その中で最も多いグリア細胞であるミクログリアは脳内に常在する免疫細胞であり、死細胞の貪食やシナプスの刈り込みなどさまざまな機能を持っている。特に心にストレスが起きたときや、ウイルス・病原体感染時には、腫瘍壊死因子であるTNF-αやインターロイキンなどの炎症性メディエーターを放出する。
近年うつ病や自閉症、統合失調症などのさまざまな精神疾患において、ストレスによりミクログリアの異常な活性化による過度な免疫反応が起こることが報告されている。また、脳内の神経活動の異常も多くの精神疾患で知られているが、その詳細なメカニズムは明らかではなかった。
研究グループは今回、脳内の炎症が前頭前野の神経細胞の活動に与える影響を観察し、大脳皮質前頭前野で炎症を誘導した時、ミクログリアが神経細胞の可塑性と呼ばれる現象により神経活動を低下させることを明らかにした。また、ミクログリアの発現を抑制することで、低下した神経活動が回復することと、そのメカニズムについても明らかにした。
ラット脳を用いてミクログリアによる前頭前野錐体細胞の神経活動への影響を検討
研究グループは、ラットの脳スライスで、パッチクランプ法と呼ばれる神経細胞が活動する際に流れる微量な電流や電圧を計測し、神経細胞の活動を観察する方法を用いて評価した。具体的には、グラム陰性菌の外膜構成成分であるLPSを大脳皮質前頭前野のスライスに添加することによりミクログリアを活性化し、ミクログリアによる前頭前野錐体細胞の神経活動への影響を調べた。
初めに、前頭前野内側部に存在する5層錐体細胞、2/3層錐体細胞、介在神経細胞でミクログリアを活性化することによる活動電位の発火頻度を観察したところ、5層錐体細胞、2/3層錐体細胞で発火頻度が低下することがわかった。介在神経細胞では発火頻度に変化はなく、ミクログリアが誘導する可塑性は神経細胞ごとに異なることがわかった。
ミクログリアにより分泌されるTNF-αを介しPP2B活性化、SK1チャネルの増加
次に、5層錐体細胞で発火頻度が低下する詳細なメカニズムを明らかにするために、脳スライスへの薬剤の添加により発火頻度を観察した。すると、神経細胞応答に関与するCa2+活性化カリウムチャネルであるSK1チャネルが神経細胞膜上で機能を亢進させていることが示唆された。さらにそれは、ミクログリアによって分泌される炎症性物質であるTNF-αを介した、脱リン酸化酵素であるPP2Bの活性化によって起こることがわかった。
最後にシナプス伝達を調べたところ、抑制性神経細胞のシナプス伝達の自発発火頻度が低下していることがわかり、錐体細胞での発火頻度の低下によって前頭前野内での神経活動動態が低下することがわかった。
これらの結果から、脳内の免疫細胞であるミクログリアは前頭前野錐体細胞の可塑性を誘導することにより神経活動を低下させることが明らかになった。これは、病原体に感染した時に学習や記憶が異常となることも意味する。そしてそのメカニズムとして、ミクログリアによって分泌されるTNF-αを介した、PP2Bの活性化および神経細胞膜上のSK1チャネルの増加によって起こることを初めて明らかにした。
ミクログリアがうつ病などの精神疾患の新たな治療標的となる可能性
精神疾患において、脳内神経活動の異常が数多く報告されており、この神経活動の異常が病気の発症や病態の進行に関与することについては広く研究されている。神経活動の低下によって、学習や記憶、行動に異常が生じることがこれまで明らかにされてきた。今回の研究で、ストレスや感染症により前頭前野に炎症が生じた際、ミクログリアの過剰な活性化を制御することが、神経活動保護に効果的であることが示された。「研究成果は、神経活動異常が原因となるうつ病などの精神疾患において、ミクログリアを標的とした新しい予防法・治療法の開発に貢献することが期待される」と、研究グループは述べている。
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