従来の「ERK関与のシグナル伝達阻害」による抗がん剤、膵臓がんへの治療効果は不十分
近畿大学は2月17日、化合物「ACAGT-007a」(以下、GT-7)が、特定の遺伝子変異のある膵臓がん細胞の増殖を強力に抑制し、細胞死(アポトーシス)を誘導することを発見したと発表した。この研究は、同大薬学部分子医療・ゲノム創薬学研究室の杉浦麗子教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cells」に掲載されている。
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細胞の増殖や細胞死には、多様なタンパク質によるシグナル伝達が関わっており、それが細胞のターンオーバーを正常に制御している。しかし、タンパク質の遺伝子に変異が生じると細胞死が正しく誘導されなくなり、がん細胞増殖の原因となる。
90%以上の膵臓がんにおいては、タンパク質KRASの遺伝子に変異が生じることで、細胞増殖を促進する「ERK MAPK」(以下、ERK)、「PI3K/AKT」(以下、AKT)の働きが異常に活発になり、がん細胞の増殖を抑制できなくなると考えられている。これまでの抗がん剤開発は、ERKが関与するシグナル伝達を阻害することでがん細胞の増殖を抑制するものが中心となっているが、膵臓がんに対する治療効果は十分でない。そのため、別の作用を原理とした新しい治療薬の開発が強く望まれている。
GT-7、ERKの「さらなる活性化」で細胞死を誘導
今回、研究グループは、GT-7の膵臓がんへの効果を検証するにあたり、まず、KRAS遺伝子の異なる部分に変異が入った3種類の膵臓がん細胞「MIA-Pa-Ca-2」「T3M4」「PANC-1」を準備。それぞれの細胞にGT-7を添加したところ、GT-7の濃度依存的に細胞死が誘導され、10μMのGT-7を添加した際には、T3M4では77.1%、MIA-Pa-Ca-2では47.4%、PANC-1では32.3%の細胞に細胞死が誘導された。また、GT-7は、すでに膵臓がん治療薬として有望視されている化合物ホノキオールより低濃度でも細胞死誘導に有効であることがわかったという。
次に、GT-7がどのように細胞死を誘導するかを検証するため、GT-7添加と同時に、ERKを活性化するタンパク質MEKを阻害する化合物(MEK阻害剤:U0126)を添加。その結果、特にT3M4においてERKの活性と細胞死が強く抑制された。このことから、メラノーマを用いた先行研究と同様に、膵臓がん細胞でもERKをさらに活性化させることで細胞死を誘導することが明らかになった。
GT-7の細胞死誘導、AKT阻害剤と併用で増強
また、KRASの変異によって活性化する別のシグナル伝達経路としてAKT経路があり、これを阻害する化合物としてワートマニンが知られている。ワートマニンとGT-7を同時に膵臓がん細胞に添加したところ、T3M4とMIA-Pa-Ca-2においては、誘導される細胞死の割合が顕著に増加。
以上の結果から、GT-7は膵臓がん細胞にあるERKをさらに活性化させることで細胞死を誘導する世界初の化合物であり、その誘導効果はAKT阻害剤と併用することによって増強されることが明らかになった。
KRAS変異膵臓がん、GT-7+AKT阻害剤併用の新規治療法確立に期待
今回の研究成果を活用し、今後、特定のKRAS変異を有する膵臓がんに対して、GT-7とAKT阻害剤を併用した新たな治療法の確立が期待される、と研究グループは述べている。
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