前がん細胞が近隣正常細胞を駆逐する現象、その仕組みは?
京都大学は2月8日、ショウジョウバエモデルを用いてスーパーコンペティションのメカニズムを解析した結果、前がん細胞はbantamと呼ばれるマイクロRNAの発現上昇を介してTORシグナルを活性化し、これによりタンパク質合成能を高めていることがわかったと発表した。この研究は、同大生命科学研究科の井垣達吏教授、永田理奈研究員、名古屋大学の大澤志津江教授、東京理科大学の近藤周准教授、国立遺伝学研究所の齋藤都暁教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Current Biology」にオンライン掲載されている。
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生体内で近接する細胞同士は常に互いの「質」を比べ合っており、ある程度の質の差が生じると一方の細胞が細胞死を起こして組織から排除される。このような細胞同士の競合的な排除現象は「細胞競合」と呼ばれている。細胞競合現象の中でも特に、前がん細胞が近隣の正常細胞に細胞死を起こして排除する現象は「スーパーコンペティション」と呼ばれ、がんの発生に密接に関わると考えられてきた。しかし、スーパーコンペティションの分子メカニズムやがん化における役割はよくわかっていなかった。
そこで今回、研究グループは、ヒトやショウジョウバエでスーパーコンペティションを起こすことが知られているがん促進タンパク質Yorkie(ヒトではYAP)を活性化した前がん細胞に注目し、スーパーコンペティションのメカニズムとそのがん化における役割を、ショウジョウバエを用いて解析した。
ショウジョウバエYorkieクローンを用いて正常細胞が死ぬのに必要な遺伝子を探索
ショウジョウバエ幼虫の上皮組織(複眼原基)にYorkieを活性化した細胞の集団(Yorkieクローン)を誘導すると、Yorkieクローンは周りの正常細胞に細胞死を起こしながら組織内を拡大していく(スーパーコンペティション)。その結果、ショウジョウバエが成虫になる頃には頭部に腫瘍が形成される。
この現象を利用して、スーパーコンペティションを引き起こすのに必要な遺伝子を探索した。具体的には、ショウジョウバエ幼虫の複眼原基でYorkieクローンの周りの正常細胞の遺伝子を一つひとつ破壊していき、成虫頭部の腫瘍形成が抑制されるものを探索した。
近隣正常細胞は、オートファジー活性化によるhid発現誘導で死んでいた
その結果、正常細胞でオートファジー関連遺伝子が破壊されると、頭部の腫瘍が小さくなることがわかった。また、前がん細胞の周りの正常細胞で実際にオートファジーが活性化していることもわかった。さらなる解析により、オートファジーの活性化により細胞死遺伝子hidの発現が誘導され、これにより正常細胞が細胞死を起こすことが明らかになった。
前がん細胞<miRNA上昇<タンパク質合成上昇<正常細胞がオートファジー
また、正常細胞でオートファジーが活性化するために必要な前がん細胞側のイベントを解析した結果、前がん細胞ではbantamと呼ばれるマイクロRNAの発現が上昇しており、これによりTORシグナルが活性化していると判明。このTORシグナルの活性化により前がん細胞内でタンパク質合成能が高まることが、隣接する正常細胞のオートファジー誘導につながっていることがわかった。以上の結果から、前がん細胞はbantamマイクロRNAの発現を上昇させてタンパク質合成能を高めることで周りの正常細胞をスーパーコンペティションにより駆逐し、腫瘍化していくことがわかった。
今回発見したスーパーコンペティションのメカニズムに関わる分子群はヒトにも存在している。研究グループは、「本研究で見出したメカニズムを人為的に制御する方法論を確立することで、これまでにない新たながん治療法の開発につながることが期待される」と、述べている。
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