異なる相手の記憶を貯蔵する際、神経細胞の集団はどんなパターンで活動しているのか?
東京大学は2月4日、「友達についての記憶」を思い出している時に、記憶を貯蔵する海馬のニューロンがどのように活動をしているのかを、マウスを用いて明らかにしたと発表した。この研究は、同大定量生命科学研究所の奥山輝大准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Molecular Psychiatry」オンライン版に掲載されている。
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日常生活の記憶(エピソード記憶)は、「誰が、いつ、どこで、どうした」という情報で構成されている。その中で「誰」という部分を担う「社会性記憶」は、ヒトを含め、集団生活を営む多くの社会性動物にとって重要な機能を持つ一方、脳内でどのように情報が表現されているのかは、いまだ不明な点が多く残されている。
研究グループはこれまでに、この社会性記憶が記憶中枢の海馬の腹側CA1領域に貯蔵されていることを見出してきた。興味深いことに、「3, 6, 9番の海馬ニューロンがAさんの記憶を貯蔵する」といった具合に、異なる神経細胞の組み合わせが、異なる相手の記憶を貯蔵していることがわかっていた。しかし、それらの神経細胞の集団がどのようなパターンで活動しているかは不明だった。また一方で、自閉症スペクトラムの患者は、社会コミュニケーションに異常を示すだけでなく、「友達を覚えづらい」という社会性記憶の障害も示すことがわかっていたが、どの脳領域のどのような異常によるものなのかは不明だった。
研究グループは今回、友達を思い出す際の海馬ニューロンの活動パターンを明らかにし、さらに、自閉症のマウス(Shank3遺伝子変異マウス)では、この活動パターンに異常があることを発見した。
友達を思い出す際の海馬ニューロン、いつも決まった組み合わせと順序で活動
研究では、高い時間解像度で神経活動を調べられる電気生理学的手法を用いて、それぞれの海馬腹側CA1ニューロンの詳細な活動パターンを調べた。具体的には、健常マウスを、見知ったマウスに出会わせて、社会性記憶を思い出させている最中の海馬腹側CA1ニューロンの神経活動、および、その後の睡眠時の神経活動を記録した。
すると、見知ったマウスについての記憶を貯蔵している神経細胞の集団は、細胞1→2→3→4→5で活動するといった具合に、いつも決まった組み合わせと決まった順序で活動していることが明らかになった。海馬ニューロンは、睡眠時に鋭波リップル(SPW-R)という脳波とともに、起きていた時と同じパターン(決まった組み合わせが、決まった順序)で、素早く活動することがわかっている。この「睡眠時に記憶を高速再生する」ことが、記憶の定着に必須だということが、場所についての記憶(空間記憶)の研究から明らかになってきた。さらに今回初めて「友達の記憶(社会性記憶)」についても、見知った個体と実際に会っている時と同じパターンで、睡眠時に記憶が高速再生されていることを明らかにした。
自閉症モデルマウスでは、適切な活動パターンで記憶を表現できていないことが判明
さらに、Shank3遺伝子に変異を持つ自閉症モデルマウスは、自閉症の患者と同様、他個体を記憶しづらいという社会性記憶の異常を示す。そこで、海馬腹側CA1ニューロンの活動パターンを調べたところ、起きている時も睡眠時においても、「組み合わせ」と「順序」の両方が乱れており、適切な活動パターンで記憶を表現できていないことが判明した。
記憶中枢である「海馬」が、自閉症の原因脳領域の一端である可能性
自閉症スペクトラムは罹患率の高さと経済損失の大きさから、その治療法開発は現代社会の直面する喫緊の課題の一つだ。今回の発見は、記憶中枢である「海馬」が、アルツハイマー型認知症などの記憶の病だけでなく、自閉症の原因脳領域の一端である可能性を示唆するものであり、新規創薬に大きく貢献できることが期待される、と研究グループは述べている。
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