新生児集中治療室に入院する赤ちゃんの約1割は超希少疾患とされ、克服が課題
慶應義塾大学は2月4日、17の高度周産期医療センターからなるネットワークを作り、従来の検査法では原因を決めることができなかった重症の赤ちゃん85人に対して、ゲノム解析で原因の究明を試みた結果、41人が生まれつきの遺伝性疾患だと判明したと発表した。この研究は、同大医学部小児科学教室の武内俊樹専任講師、大阪母子医療センター、国立成育医療研究センター、東京都立小児総合医療センターなどの研究グループによるもの。研究成果は、「The Journal of Pediatrics」のオンライン版に掲載されている。
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国連児童基金(UNICEF)によれば、日本の赤ちゃんの死亡率は極めて低く、特に、予定日より早く、小さく生まれた赤ちゃんの医療は、世界最高水準と言われている。しかし、新生児集中治療室に入院する赤ちゃんの約1割は、それぞれが極めて患者数の少ない病気に罹っているとされ、その克服が課題になっている。
一般に、患者数の少ない病気は、熟練した医師であってもその原因の特定が難しく、最終的な診断にたどり着くために、多くの検査が必要となる。しかし、赤ちゃんは体が小さいため、多くの検査を行うことができず、自ら細かい症状を訴えることもできない。さらに、体の余力が少なく、症状が悪化するスピードも速いので、救命するためには、原因を早く見つけて、最も効果的な治療を行う必要がある。
新生児集中治療室に入院・原因不明の重症赤ちゃん85人対象にゲノム解析
今回の研究では、新生児科医とゲノム研究者からなる全国チームが、8都府県にある17の高度周産期医療センターからなるネットワークを作り上げた。そして、そのネットワークに属する医療機関において、2019年4月~2021年3月までの2年間で、新生児集中治療室に入院するほど具合が悪く、熟練した新生児科医のチームをもってしても従来の検査法では原因を決めることができなかった重症の赤ちゃん85人に対して、ゲノム解析で遺伝子を調べることにより、原因の究明を試みた。
研究では、赤ちゃんから1ccほど採血し、DNAを血液から取り出し、次世代シーケンサーと超高速のコンピュータを組み合わせることで、DNAを短期間で解読。なお、検査の必要性については、検査を行う前に、親に十分に時間をかけて説明を行った。
41人で病気の原因特定、うち20人が診断結果をもとに検査や治療方針を変更
同研究の結果、85人のうち、約半数(41人)で病気の原因を特定することができた。その大半は、約30億個あるDNAの塩基のうち、1つないし2つの塩基が、別の塩基に書き換わったことが原因だった。
また、原因が特定できた41人のうち20人では、診断結果をもとに検査や治療方針が変更された。具体的には、筋肉や皮膚の一部を切り取って調べる検査(筋生検・皮膚生検)を受けずに済んだり、効果の高い薬を使うことができたり、臓器移植によって救命できる可能性がわかったりした。
嚢胞性線維症の診断につながった症例も
今回の研究で実際に診断のついた中に、生まれた時から腸が詰まり、栄養を取るのが難しかった症例があった。体重が増えず、肝臓の機能も低下し、さまざまな検査を行っても原因がわからなかったという。
同研究でDNAを調べたことにより、「嚢胞性線維症」という希少疾患であることがわかった。嚢胞性線維症では、細胞の内外に電解質を出し入れする力が弱く、腸や気道が粘り気の強い分泌液で詰まりやすくなる。消化を助ける薬を始めたところ、体重が増えるようになった。
今回の研究成果により、新生児医療において、ゲノム解析が極めて有用であることがわかった。なお、この解析法は、健常な赤ちゃんに広く行われている先天性代謝異常等検査とは全く異なるものだ。
今後は、遠隔参加やゲノム解析の時間短縮などを目指す
近年、高度医療のデジタル化が進んでいる。現在は、限られた医療施設でのみゲノム解析を行っているが、病気の原因がわからない赤ちゃんがいた場合には、デジタル技術を使って、遠隔地からでも研究に参加できるようにする予定だという。
米国、英国、オーストラリアなどでは、これまで研究室での研究にのみ用いられてきたゲノム解析の技術を、赤ちゃんの診断と治療に生かす取り組みが進んでいる。今回の研究成果も、このような国際的な取り組みの一翼を担うものであり、日本においても、将来的には、生まれつき具合の悪い赤ちゃんが、日本中のどこにいてもゲノム解析の恩恵を受けられるように、通常の保険診療の中でも使えるようにしたいと研究グループは考えている。また、「ゲノム解析にかかる時間を短縮して、できるだけ早く診断結果を届けられるようにしていきたい」と、研究グループは述べている。
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