複雑な状況での意思決定では、認知の制御機構がどのように働くのか?
慶應義塾大学は1月28日、ヒトが複雑な状況で意思決定をするとき、将来の不確実性が低いと、前頭・頭頂皮質の認知の制御機構により意思決定の方略が切り替わり、選択に偏りが生じることを発見したと発表した。この研究は、同大理工学部の地村弘二准教授(高知工科大学客員准教授)と岡山大学の松井鉄平准教授が、慶應義塾大学大学院理工学研究科の服部芳輝氏(修士課程1年)、高知工科大学の中原潔教授、竹田真己特任教授らとの共同研究として行ったもの。研究成果は、「NeuroImage」に掲載されている。
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ヒトの意思決定では、どのくらい確率的な不確実さがあるか(不確実性)、重要な事象が起こるまでにどのくらいの時間がかかるか(遅延時間)が、重要な要因とされている。特に、金銭や食べ物などの報酬が関わる意思決定では、不確実性と遅延時間は選択に大きな影響を与えることが知られており、不確実性は「リスク選好」、遅延時間は「衝動性」が関わると考えられている。
行動経済学において、意思決定における不確実性と遅延時間の影響は、長らく別々に研究されてきた。しかし、日常生活における意思決定の状況は、はるかに複雑だ。一方で、研究グループは2018年に、意思決定が難しい状況では要因の構造が単純であっても、要因を評価するための認知的な計算負荷が大きくなり、前頭前野における認知の制御機構が重要な役割を果たしていることを明らかにしていた。そこで今回、不確実性と遅延時間が同時に変化するような複雑な意思決定では、認知の制御機構がどのような役割をするのかという問いを立て、研究を行った。
要因が変化するギャンブルの状況を作成し、意思決定を行っているときの脳活動を計測
まず、当たる確率、遅延時間、賭け金、獲得金の4つの要因が変化するギャンブルの状況を作成した。比較のため、不確実性または遅延時間が要因として表示されない3要因のギャンブル条件を作成。ヒト被験者は、これらの与えられたギャンブル条件に応じるか否かを意思決定することが要求された。そして、機能的MRIを用いて、このギャンブルに関する意思決定を行っているときの脳活動を計測した。
3要因のギャンブルと比較して、4要因のギャンブルは状況が複雑であることは明白だ。しかし、ここで重要なのは、4要因で当たる確率100%の状況は、3要因で当たる確率が示されない状況と論理的に同じということだ。同様に、4要因で遅延時間が0の状況は、3要因で遅延時間が示されない状況と同じだ。そこで、これらの論理的には等価で、複雑さが異なる状況で、意思決定がどのように変化しているかを調べた。
複雑な状況で不確実性が低くなると意思決定に時間がかかり、選択に「偏り」
4要因で確率100%の状況では、ギャンブルに応じる割合(アクセプト率)は、3要因で確率が示されない状況と比較して高くなっていた。そして、4要因で確率が100%でないときには、賭け金が小さく、獲得金が大きいとアクセプト率が上がった。しかし、確率100%のときにはこのような変化がなかったという。この結果は、4要因で確率100%の状況では、どの要因を考慮するか、ギャンブルの方略が異なることによりアクセプト率が上昇することを示唆している。
確率が0%または100%に近い場合、つまり、不確実性が小さくなると、ギャンブルに応じるか否かの意思決定は短時間でされると予想される。しかし、この予想に反して、4要因確率100%の状況では、不確実性がないにもかかわらず、意思決定には長い時間がかかっていることがわかった。この結果は、4要因で確率が100%の状況では、ギャンブルの方略が切り替わることによって、意思決定に長い時間がかかることを示唆している。一方で、4要因で遅延時間が0の状況では、3要因で遅延が示されない状況とアクセプト率は差がなかった。この結果は、不確実性と遅延時間が同時に変化する場合には、不確実性がより優位な要因であることを支持している。
複雑な状況での意思決定では、認知の制御によりギャンブルの方略が切り替わる
意思決定中の脳活動を調べてみると、4要因確率100%の状況では、論理的に等価な3要因確率なしの状況と比較して、前頭前野と頭頂皮質で活動が大きくなっていた。これまで、報酬に関する意思決定では、要因に依存して脳活動が変化することは知られていた。しかし、論理的に等価な状況間で脳活動の差が観察されたことがなく、この脳活動がどのような心理機能を反映しているか先見的(ア・プリオリ)には不明だ。
そこで、脳活動のパターンを逆符号化(デコーディング)することにより、脳活動から関連する心理機能を推定したところ、認知の制御が関与していることが示唆されたという。この結果は、確率が100%になると、認知の制御が機能して、ギャンブルの方略が切り替わることを示唆している。以上のことから、複雑な状況での意思決定では、前頭・頭頂皮質による認知の制御により、柔軟に方略が変化することを示唆しているという。
認知の制御機能で病的なギャンブルや薬物・アルコール乱用などを予防・改善できる可能性
意思決定に認知の制御がどのように関連しているかという問題は、ヒトに特有な高度な情報処理の脳機構がリスク選好や衝動性に関係しているのかという点において重要だが、解くべき多くの問題が残されている。
「これらを地道に解いていくことにより、認知の制御機能が、病的なギャンブルや薬物・アルコール乱用などを予防・改善するきっかけを作ることができないかと考えている」と、研究グループは述べている。
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・慶應義塾大学 プレスリリース