心筋細胞の「向きのそろった」組織構造は、収縮・弛緩機能にどう影響するか
東京女子医科大学は1月31日、配向を制御したヒト心筋組織の作成に成功し、そのような心筋組織では心筋細胞が一方向性に収縮・弛緩するとともに、同期的収縮を促進することで、組織全体の収縮・弛緩機能が向上することを見出したと発表した。この研究は、同大循環器内科の髙田卓磨大学院生、同大先端生命医科学研究所の佐々木大輔特任助教、同大先端生命医科学研究所・循環器内科の松浦勝久准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Biomaterials」に掲載されている。
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組織工学を用いたヒト多能性幹細胞由来心筋組織は、再生医療や疾患・創薬研究への応用が世界中で進められている。研究グループは、ヒトiPS細胞由来心筋細胞の量産化技術と細胞シート工学を含む組織工学を基盤にヒト心筋組織開発および機能評価系の開発を行っており、より生体に近い組織の構築が、医療応用だけでなく、生体の組織の特性を理解する上でも重要と考えている。心臓においては、収縮・弛緩機能を担う心筋細胞の向きがそろったレイヤー状の組織が少しずつ向きを変え層状に重なることで、効率的な拍出を生み出すと考えられている。しかし、心筋組織全体の収縮・弛緩機能への影響およびその機序については明らかではなかった。
そこで今回研究グループは、微細加工したフィブリンゲルの上にヒトiPS細胞由来心筋細胞を播種することで配向した心筋組織を作成するとともに、心筋組織の張力を測定し、配向と機能との関係性、およびその機序について検討した。
微細加工したフィブリンゲルを用い、より生体に近い配向度を有する心筋組織を作成
心筋細胞を単に培養皿上で培養するだけでは配向しない。またプラスチック製の培養皿上に接着し培養された状態では、心筋組織としての収縮・弛緩機能を評価することは困難だ。研究グループはこれまで、フィブリンゲル上で心筋細胞を培養し、独自の張力測定システムを用いることで、心筋組織の収縮・弛緩機能評価を実現してきた。そこで今回の研究では、心筋細胞の配向制御を可能にするフィブリンゲルを作成することで、心筋細胞の配向と収縮・弛緩機能の関係性を評価することを計画した。
微細加工したシリコンウェハを用いて熱インプリントしたシクロオリフェンポリマーを鋳型としてストライプ上にV字型の溝を有するポリジメチルシロキサンを作成し、その上にフィブリンを塗布することで微細加工フィブリンゲルを作成した。微細加工したフィブリンゲル上にヒトiPS細胞由来心筋細胞を播種したところ、加工処理なしのフィブリンゲル上へ播種した心筋細胞に比べて有意に配向度が向上した。
フーリエ解析を用いて算出した配向度の指標であるorientation indexは1.5であり、成体ラット心臓の配向度が1.6であることから、生体に近い配向度を有する心筋組織の作成が可能となったと考えられた。さらに配向心筋組織の収縮・弛緩機能を評価したところ、非配向心筋組織に比して有意に張力、最大収縮速度および最大弛緩速度の向上が認められた。
配向制御により一方向性の収縮を示し、収縮のタイミングもそろう
次に、配向心筋組織の収縮・弛緩機能向上の機序について検討した。収縮タンパク質や細胞内カルシウム制御およびイオンチャネルに関わる遺伝子発現については、配向および非配向心筋組織間で大きな違いは認められず、個々の心筋細胞の成熟化の関与は少ないと考えられた。
一方で、心筋組織内の心筋細胞の収縮の向きおよびタイミングを画像解析にて評価したところ、配向心筋組織内の心筋細胞は、非配向心筋組織に比して一方向性の収縮を示すとともに、同期して収縮することが明らかとなった。すなわち、心筋組織の機能向上には、個々の心筋細胞が協調的に機能するための適切な環境が必要であることが示唆された。
心筋細胞の配列の乱れと収縮・弛緩機能異常、催不整脈作用との関係解明に期待
今回の研究は、再生医療や疾患・創薬研究開発などで求められる、より機能性の高い3次元心筋組織構築に向けた基盤的知見となるものと考えられるという。また配向制御が心筋細胞の収縮同期性を向上させることは、翻って、非配向心筋組織における心筋細胞の収縮非同期性を示すものと考えられる。「心筋細胞の配列の乱れはさまざまな心疾患において認められる事象。今回の研究の発展により、心疾患の病態における心筋細胞の配列の乱れと収縮・弛緩機能異常および催不整脈作用との関係性が明らかとなることも期待される」と、研究グループは述べている。
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・東京女子医科大学 プレスリリース