消化管内の浸透圧変化、どのように感知され、飲水抑制に寄与するのか?
新潟大学は1月27日、マウスを用いたin vivoイメージング実験を用いて、消化管を制御する迷走神経の感覚神経節をリアルタイムに観察することで、腸管内の水による低浸透圧刺激に特異的に反応する神経群を見出したと発表した。この研究は、同大大学院医歯学総合研究科口腔生化学分野の市木貴子助教(研究当時:カリフォルニア工科大学岡勇輝教授研究室・博士研究員)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature」にオンライン掲載されている。
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飲水量を調整し、体液恒常性を維持することは、生物が生きる上で必要不可欠だ。飲水後に消化管内で浸透圧変化が感知されることで、脳内の飲水促進ニューロンが抑制され、飲水抑制が起こることが示唆されてきたが、そのメカニズムは長らく不明だった。そこで今回の研究では、確立したin vivo イメージングの実験系を用いて、消化管内の浸透圧変化がどのように感知され、飲水後の飲水抑制に寄与するのかを調べた。
迷走神経の求心性感覚神経節である節状神経節in vivoイメージングの実験系を確立
消化管の感覚受容には、迷走神経が重要な役割を果たすことが知られている。これまでに、消化管内の浸透圧変化に対する迷走神経の応答は部分的な知見しか得られておらず、飲水に応じた低浸透圧刺激が迷走神経を活性化するかは不明だった。
まず、研究グループは、マウスの迷走神経群から電気生理学的手法を用いて神経活動を記録する実験系を構築。具体的には、マウスin vivoにおいて飲水を模した腸管内への水灌流刺激を行うと同時に、迷走神経の応答を複合活動電位として記録する手法を確立した。このin vivo複合活動電位記録の結果、迷走神経が腸管内の水刺激に強く応答することを見出した。次に、in vivoカルシウムイメージングによる単一細胞レベルでの神経応答の可視化を行うため、迷走神経の求心性感覚神経節である節状神経節のin vivoイメージングの実験系を確立した。
水による低浸透圧刺激に、特異的応答の神経群が存在
具体的には、感覚神経依存的にカルシウムセンサー(GCaMP)を発現するマウスを用いて、腸管内への水灌流刺激を行うと同時に、節状神経節ニューロンの応答を観察。その結果、迷走神経において、水による低浸透圧刺激に特異的に応答する神経群が存在することが明らかになった。
一方で、消化管の感覚受容は迷走神経のみならず、脊髄神経の求心性感覚神経も担っており、脊髄神経も飲水抑制に何らかの役割を果たす可能性があった。この可能性を考慮し、脊髄後根神経節のin vivoイメージングの実験系を確立し、反応を観察した。その結果、皮膚への触刺激や酢酸溶液による侵害刺激に対する反応が観察された一方で、腸管への水灌流刺激に対してはほとんど応答が見られなかった。よって、迷走神経と比較して、脊髄神経は腸管での低浸透圧感知にはほとんど寄与しないことが示唆された。
末梢器官、肝門脈を支配する迷走神経が低浸透圧刺激の感知に寄与
次に、消化管内の低浸透圧に反応する神経群のマーカー遺伝子を探索し、低浸透圧応答神経群を含む遺伝子tachykinin 1(Tac1)と、含まない遺伝子としてneurotensin(Nts)を同定した。それぞれの遺伝子のプロモーターでドライブされるCreマウスに、Cre依存的に蛍光色素を遺伝子導入するアデノ随伴ウィルスを節状神経節にインジェクションし、末梢器官への投射分布を確認した。その結果、Tac1-Creで消化管と肝臓を繋ぐ血管である肝門脈への投射を確認したのに対し、Nts-Creでは認められなかった。
この結果から、研究グループは、肝門脈が低浸透圧感知に寄与するのではないかと考えた。腸管から吸収された水分、栄養素は、上腸間膜静脈を経由してすべて肝門脈へ集められることから、肝門脈を支配する神経群が、水分や栄養素の感知に何らかの役割を果たす可能性が示唆された。
そこで、肝門脈を支配する迷走神経の分枝(肝枝)を切除し、腸管への低浸透圧刺激に対する応答を調べた。その結果、切除後に低浸透圧刺激に対する応答が消失することを確認。マウス行動実験においても、肝枝切除後に脱水後の飲水量が有意に増加することが確認された。さらに、脳内のSFOの飲水時のリアルタイム神経活動をファイバーフォトメトリによって観察したところ、肝枝切除後に、飲水後のSFO飲水促進ニューロンの活動抑制が阻害されることを確かめた。以上の結果から、末梢器官において、肝門脈を支配する迷走神経が低浸透圧刺激の感知に寄与することが明らかとなった。
腸管で低浸透圧感知、消化管ホルモン分泌で肝門脈に作用、迷走神経から中枢に飲水抑制シグナル送信の可能性
次に、肝門脈が直接的に低浸透圧刺激を感知するかどうかを調べるために、肝門脈へカテーテルを挿入し、低張食塩水を注入した際に、迷走神経の応答が見られるか調べた。その結果、肝門脈への直接的な低浸透圧刺激に対する応答は認められなかった。そこで、消化管ホルモンの関与を想定し、主要な消化管ホルモンを肝門脈へ注入した際の迷走神経応答を調べた。各種ホルモンのうち、血管作動性腸管ペプチド(vasoactive intestinal peptide:VIP)による迷走神経応答が、肝枝切除後に消失し、かつ、腸管の水灌流によって応答する神経群と4割程度同一であることを見出した。
これにより、飲水後に腸管にて低浸透圧が感知された後、VIPをはじめとする消化管ホルモンが分泌され、肝門脈に作用することで、迷走神経を介して中枢に飲水抑制シグナルが送られている可能性が示唆された。今回の研究により、長らく不明であった消化管における飲水抑制回路が明らかとなり、生物が生きる上で必須な体液恒常性を維持する神経基盤の一端が解明されたとしている。
イメージング技術、摂食行動など別の欲求行動制御メカニズムの解明にも応用可能
今回、消化管への低浸透圧刺激に対し、VIPをはじめとする消化管ホルモンが肝門脈に作用することで、迷走神経応答が起きていることが示唆されたが、腸管でどのようにして低浸透圧が感知され、ホルモン分泌が行われているのかは明らかになっていない。また、迷走神経の節状神経節からのシグナルがどういった経路を介して脳内のSFOニューロンに伝達されているのかに関してもよくわかっていない。研究グループは今後、これらを明らかにしていきたいとの考えを示している。
また、今回の研究で確立したイメージング技術は、飲水行動だけでなく、摂食行動などの別の欲求行動の制御メカニズムの解明に応用可能だ。さらに、各種栄養素の感知や侵害受容といった他の感覚受容に対する迷走神経、脊髄神経の役割を明らかにしていくことも可能であり、さらなる研究の発展が期待される、と研究グループは述べている。
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・新潟大学 プレスリリース