休園・休校、ソーシャルディスタンスが子どもたちの社会性発達に与えた影響は不明だった
京都大学は1月25日、日本の0~9歳の子どもを持つ保護者を対象に、パンデミック下の子どもの社会情緒的行動や他者との心理的距離の変化を、2020年4月~2021年2月まで縦断的に調査した結果、同期間を通じて子どもの社会情緒的行動はほとんど変化しないことが示されたと発表した。この研究は、同大大学院文学研究科の森口佑介准教授、同大学院生の山本希氏、坂田千文氏、王珏氏、渡部綾一氏、東京大学(国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)/日本学術振興会PD)の萩原広道特別研究員、大阪大学大学院人間科学研究科の孟憲巍助教らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
新型コロナウイルスは感染率が高いこと、潜伏期間が比較的長いこと、高齢者や基礎疾患を持つ人の死亡率が高いことなどから、世界保健機関は家にいることや、人ごみを避けて他者との距離を置くことなどを推奨している。日本でも緊急事態宣言が発出され、子どもの社会生活にも大きな変化が生じた。最も大きな変化は、感染の急速な拡大を防ぐために、幼稚園・保育園や学校が閉鎖され、子どもたちが一定期間、自宅に閉じこもらなければならなくなったことだと考えられる。
これまでの研究で、子どもの社会性の発達は社会的隔離によって阻害される可能性が示唆されてきたが、今回の休園・休校およびソーシャルディスタンスが子どもたちの社会性の発達に影響を与えているか否かについては十分に検討されていなかった。そこで研究グループは今回、パンデミックが子どもの社会情緒的行動と他者との心理的距離に及ぼす影響について検討した。
社会情緒的行動とは、向社会的行動(思いやり)や自制心を伴う行動を指し、子どもの将来の経済的状態や健康状態などと関連することが報告されている。また、他者との心理的距離とは、子どもと家族や家族以外の友達などとの親密さや社会的関係性のことを指す。一般に、子どもの社会的関係性は発達に伴い、家族から友達などの他者へと拡大していく。親子関係は他者との社会的相互作用の発達の基礎となり、友達との関係も、子どもの社会性や情緒の発達に影響を与え、友情の質が学校生活の改善を予測する。パンデミックによる休園・休校およびソーシャルディスタンスは、子どもたちが社会的な場で他者と対面で接触することに直接的に影響し、子どもたちの社会情緒的行動や他者との心理的距離に影響を及ぼした可能性がある。
保護者から見た、「子どもと保護者」と「子どもと他者」の心理的な距離を調査
研究では、パンデミック下において最初に緊急事態宣言が発出され、多くの保育・教育施設で休園・休校した時期(2020年4月)と、その後休園・休校が解除されており、かつ、パンデミックが比較的落ち着いた時期(2020年10月)、再び緊急事態宣言が発出されたものの休園・休校にはならなかった時期(2021年2月)に収集した縦断データを用いて、休園・休校およびソーシャルディスタンスが子どもの社会情緒的行動や心理的距離に及ぼす影響について検討した。
2020年4月の時点で0~9歳の子どもを持つ保護者700人が参加。そのうち、社会情緒的行動の調査には4~9歳の子どもの保護者420人、他者との心理的距離の調査には0~9歳の子どもを持つ保護者700人が参加した。2020年10月時点の社会情緒的行動の調査には、2020年4月の調査に参加した420人のうち、260人が再び参加。また、他者との心理的距離の調査には、2020年4月の調査に参加した700人のうち、425人が参加した。さらに、2021年2月時点の調査には、4~9歳の子どもを持つ保護者のみが参加。具体的には、2020年10月の調査に参加した260人のうち、130人が参加した。
社会情緒的行動は、強さと困難さのアンケート(Strength and Difficulties Questionnaire, SDQ)を用いて検討した。SDQは社会情緒的行動のスクリーニング尺度で、世界中で広く使われている。25項目の質問から構成されるSDQは、情緒の問題、行動の問題、多動性、仲間関係の問題、向社会的行動の5つの下位尺度に分けられる。保護者は、それぞれの項目が子どもに当てはまるか否かを「あてはまらない」~「あてはまる」の3段階で回答した。また、他者との心理的距離は、子どもにとっての他者との親密さや社会的関係性を測定するために、自己における他者の包含スケール(IOS, Inclusion of Other in the Self)尺度を用いた。特に、同研究では、保護者から見た、子どもと保護者の心理的な距離と、子どもと他者(友達など)の心理的な距離をこの尺度によって調べた。
社会情緒的行動に関しては全期間を通じて、ほとんど違いが認められず
その結果、社会情緒的行動に関しては、2020年4月~2021年2月を通じて、ほとんど違いが認められなかった。また、子どもと保護者の心理的距離は、2020年4月と比べて2020年10月には遠くなることが示された。一方、子どもと友達などの他者との心理的距離は、2020年4月と比べて2020年10月には近くなることが示された。2020年10月と2021年2月には違いがみられなかった。注目すべきは、この傾向が児童においてのみ見られたことだ。生活の中心が家庭にある乳幼児期では、緊急事態宣言の発出有無に関わらず、保護者との関係がより中心的であり、保護者との関係も他者との関係もあまり変わらないのかもしれないと分析している。
一方で、児童期においては、家庭だけではなく友達との関係がより大きなウェイトを占めるようになっていく。2020年10月時点は、新型コロナウイルスの脅威が一時的に去り、束の間の平穏が訪れた時期だった。そのため、子どもは親との心理的距離が離れ、園や学校で家族以外の他者と交流する時間を得ることにより、他者との心理的距離を近づけていた可能性があるという。
過剰な心配は不要だが、社会情緒的行動や心理的影響を受けるリスクが高い家庭については要検討
今回の研究結果は、子どもの社会性の発達に関しては、保護者や保育者、教師はパンデミックの影響を過剰に心配しなくてもよいかもしれないということを示唆している。パンデミックは成人や青年における心理的健康には深刻な影響を及ぼしているという報告はあるが、乳幼児期および児童期の子どもの社会性にはそれほど大きな影響を与えていない可能性がある。
ただし、これは全体的な傾向であり、リスクの高い家庭、例えばパンデミックで経済的に深刻な影響を受けた家庭や虐待があるような家庭では、子どもの社会情緒的行動や他者との心理的距離は深刻な影響を受けている可能性がある。今後はこのようなリスクの高い家庭についても検討していく必要がある、と研究グループは述べている。
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