トロンビン時間法はフィブリノゲンの量を評価できるが質は評価できない
名古屋大学は1月24日、血中フィブリノゲンの「質」を評価することが可能な新しい臨床検査法を開発し、自動分析装置による解析を可能とすることに成功したと発表した。この研究は、同大医学部附属病院 医療技術部 臨床検査部門の鈴木敦夫主任臨床検査技師、輸血部の鈴木伸明講師、松下正教授らの研究グループが、シスメックス株式会社との共同研究として行ったもの。研究成果は、「Scientific Reports」の電子版に掲載されている。
画像はリリースより
フィブリノゲンは血液凝固反応における最終段階を担うタンパク質の一つであり、止血に必要不可欠な極めて重要な凝固因子。フィブリノゲンは、トロンビンと呼ばれる血液凝固因子の働きにより、止血のための「糊」であるフィブリンへと転化し、血液を凝固させることで出血を止める役割を果たす。フィブリノゲンの検査は、多くの医療機関でスクリーニング検査として採用されており、その98%以上は「トロンビン時間法(Clauss法)」と呼ばれる検査法により測定が行われている。
トロンビン時間法は測定時間が短く、かつ単純な原理に基づくため自動分析装置での測定が可能であり、世界的に見ても広く普及している。しかし、トロンビン時間法は、フィブリノゲンがフィブリンへと転化することを利用した測定法であり、一定量のトロンビンを加えた際のフィブリン析出時間をもとにフィブリノゲン濃度を算出していることから、フィブリノゲン自体の「質」を無視した機能的な量のみを捉えるものだ。すなわち、通常フィブリノゲンの機能には異常がないことを前提とした検査法であり、絶対量(=抗原量)や、絶対量に対する機能量(=比活性)を評価することができない。
フィブリノゲン異常症の正確な診断のために、簡便に質を評価する検査法が必要
一方で、フィブリノゲンは先天的あるいは後天的にその量や質に異常をきたすことが知られており、特に質の異常(=機能異常症)の代表である先天性フィブリノゲン異常症は、多くが無症候であるものの、まれに出血症状や血栓症を発症する患者がいることから、その診断を正確に行うことは極めて重要だ。先天性フィブリノゲン異常症を含めたフィブリノゲンの機能異常症を診断するためには、トロンビン時間法による機能的フィブリノゲンの測定に加え、免疫学的測定法等によるフィブリノゲン抗原量(機能の良し悪しを無視したフィブリノゲンの絶対的な量)を測定し、機能的な量と抗原量に乖離があるかどうか(比活性の低下があるかどうか)を調べる必要がある。
しかし、フィブリノゲン抗原量の測定は、特別な検査試薬が必要であり、追加のコストを要する点や、そもそもフィブリノゲン異常症がまれな疾患である点などから、ごく一部の専門施設でのみ可能な限られた検査となっている。言い換えれば、正確な診断のための検査が広く提供されていないことから、フィブリノゲン異常症の正確な頻度を求めることは困難であると考えられており、実際に見逃されているケースがあるとされている。これらのことから、より簡便にフィブリノゲンの質を評価することができる検査法が求められていた。
新技術「凝固波形解析」を用いて、質の測定と解析を同時に実施可能に
研究グループは今回、最近開発された新たな解析技術である「凝固波形解析」に着目。凝固波形解析は、測定反応の動態を数学的に解析し、凝固反応におけるパラメータを数値として算出する手法だ。研究グループは、トロンビン時間法による測定において、この解析パラメータのうちの1つである「Min1」と称される値がフィブリノゲンの抗原量に強く相関することを見出した。
Min1値を利用してフィブリノゲン抗原量に相当する値(推定抗原量、estimated fibrinogen antigen:eAg)を算出し、トロンビン時間法本来の測定から得られる機能的な量(活性値、fibrinogen activity:Ac)との比(Ac/eAg比)が、フィブリノゲンの「質」を反映する指標となることを発見。このeAg値の取得とAc/eAg比の計算をより迅速かつ簡便に行うため、検査用の自動分析装置を改良し、測定と同時に解析を実施可能な自動解析ソフトウェアを開発した。
患者検体を用いて精度検証、手間とコストがかかる従来法と同等以上と確認
名古屋大学医学部附属病院でフィブリノゲン検査を受けた患者の残検体を使用し、新しく開発した自動解析ソフトウェアを検証した。まず、519人の患者の検体(うち先天性異常フィブリノゲン血症と診断された患者の検体15人分を含む)を用いてAc/eAg比を求め、ROC解析により疾患の有無を区別するためのカットオフ値を算出した。その結果、最適なカットオフ値は0.65であることがわかった。
次に、別の523人の患者の検体(うち上記とは別の先天性異常フィブリノゲン血症と診断された患者の検体14人分を含む)を用いてAc/eAg比を求め、設定した0.65というカットオフ値がどの程度正しく疾患の有無を判別できるのか検証を行った。比較対照として、これまでに用いられていた手法、すなわち実際にフィブリノゲン抗原量を測定し求めた比活性(Ac/Ag比)による疾患有無の判定も合わせて併せて用いた。その結果、新しく開発した解析ソフトウェアによる異常フィブリノゲン血症の検出能力は、既存の手法に対して同等以上であり、機能異常症の代表的疾患である異常フィブリノゲン血症を明確に鑑別できると判明。また、検証した2種類の試薬キットでは、その性能にほとんど差がなく、使用するキット間での検出性能は同等であることが明らかとなった。
日常検査での利用へ、潜在患者の発見に寄与できる可能性
研究グループは、新しく開発した解析ソフトウェアを搭載した自動分析装置を用いて、実際に日常検査での利用を始めていくとしており、「これにより、これまで発見されていなかった潜在的な患者さんを見つけることができる可能性がある」とコメントしている。また、今後さまざまな疾患を対象にして、この解析ソフトウェアにより得られるデータを検討し、その有用性について評価を進めていく予定だとしている。
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・名古屋大学 プレスリリース