ビタミンCを体内輸送のために細胞外へ送る分子は?
東京大学医学部附属病院(東大病院)は1月14日、培養細胞や遺伝子欠損マウスを用いた実験などから、膜輸送体の一つであるSLC2A12トランスポーターが血液から脳へのビタミンC供給に重要な役割を果たすことを見出し、「ビタミンC排出タンパク質:VCEP」と名付けたと発表した。この研究は、東京大学大学院薬学系研究科博士後期課程の宮田大資大学院生(研究当時、現・東大病院薬剤部助教)、同病院薬剤部の豊田優研究員、同大医学部の高田龍平講師(同病院薬剤部第一副部長)、同医学部の鈴木洋史教授(同病院薬剤部第部長)らの研究グループによるもの。研究成果は、「iScience」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
ビタミンCは、壊血病予防因子としての役割など、さまざまな生理活性を持つ必須栄養素として広く知られている。ところが、これまでの研究はその生理作用や抗酸化物質としての性質に着目したものがほとんどで、ビタミンCの体内動態を制御する分子機構についてはあまり研究されていなかった。
水溶性の物質であるビタミンCは、生理的条件下ではアニオンとして存在するため、細胞膜を受動的に通過することができない。そのため、ビタミンCを基質とする膜輸送体(トランスポーター)タンパク質が、その体内動態制御においてきわめて重要な役割を果たしている。ヒトにおいて生理的に重要なビタミンC輸送体として同定されているのは、ナトリウム依存性ビタミンCトランスポーター(SVCTトランスポーター)のSVCT1とSVCT2の2種類のみで、いずれも細胞外から細胞内へのビタミンC輸送を担う取り込み型の輸送体。細胞を横断するビタミンC輸送においては、これらの輸送体と対になって細胞内から細胞外へのビタミンC輸送を担う排出型の輸送体が必要となるが、その分子実体は未解明のままだった。今回の研究は、この謎を明らかにすることを目的としたものだ。
細胞実験で、SLC2A12が細胞内から細胞外へのビタミンC排出を担うと確認
研究グループは、脳へのビタミンC供給経路に着目。脳(中枢)は、関門組織(血液脳関門や血液脳脊髄液関門)と呼ばれるバリア組織によって循環血液から隔離されており、ビタミンCの血液から脳への移行については、血液脳脊髄液関門を形成する脈絡叢を経由する経路が重要であることが報告されていた。そこで、「脈絡叢を構成する上皮細胞では、血液側の細胞膜上におけるビタミンCの入口としてSVCTが機能しており、その反対側(脳脊髄液側)の細胞膜上には、出口として機能する未知の排出型ビタミンC輸送体が存在するはず」との考えのもと、研究を進めた。そして、既知の情報などを注意深く精査・分析した結果、脈絡叢に発現する遺伝子のなかから、目的の候補因子としてSLC2A12遺伝子を見出した。
まずSLC2A12タンパク質がビタミンCを輸送するかどうかを、培養細胞を用いた実験で調べた。放射線を出す特殊なビタミンCをあらかじめ取り込ませた細胞を用いて、細胞内から細胞外への輸送を評価する独自の輸送活性測定法を開発し、SLC2A12タンパク質がビタミンCの排出を担うことを突き止めた。
SLC2A12欠損マウスを用いてビタミンCを脳に届ける役割を確認、VCEPと命名
次に、この遺伝子を欠損したマウスを解析したところ、血液中のビタミンC濃度には違いがなかったものの、脳におけるビタミンC濃度が通常のマウスと比べて半分程度にまで大きく低下していた。さらに、この遺伝子欠損マウスでは、脳脊髄液におけるビタミンC濃度が大幅に低下していた一方で、脈絡叢中のビタミンC濃度は大きく上昇していた。これは、ビタミンCが脈絡叢から脳脊髄液へとうまく移動できなくなっていることを示す結果であり、脈絡叢からのビタミンCの出口が失われていることがわかった。つまり、SLC2A12タンパク質が脈絡叢から脳脊髄液(脳側)へのビタミンC排出を担っており、この輸送が血液から脳へのビタミンC供給にとって生理的に重要な経路であることが明らかになった。
これらの一連の結果により、細胞外へのビタミンC排出を担う輸送体を世界で初めて同定できたことから、「ビタミンC排出タンパク質:VCEP」と名付けた。
ビタミンCが脳機能に与える影響のさらなる解明に期待
脳は体のなかでもビタミンC濃度が特に高く維持されている臓器であり、抗酸化作用や補酵素としての多彩な生理活性などを踏まえ、ビタミンCが脳機能の維持に重要な役割を果たしている可能性は高いと信じられてきた。しかし、脳特異的にビタミンC濃度を低下させる適切な動物モデルがなかったこともあり、ビタミンCが脳機能、ひいては神経疾患にどのような影響を与えるのかについては、知見が少ないのが現状だ。
今回研究グループが作出したSlc2a12(Vcep)遺伝子欠損マウスは、脳のビタミンC濃度が大きく低下するはじめての動物モデル。驚くべきことにこのマウスは、通常の成体マウスと比べて脳が軽いという特徴を示した。研究グループは、「今回の成果を糸口として、脳におけるビタミンCの重要性の包括的な理解が進むことで、生理学のみならず、栄養学や神経科学分野のさらなる発展にもつながることが期待される」と、述べている。
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