慢性肝炎の既存治療薬は投薬法や安全性に問題があるため、作用機序の異なる治療法の構築が必要
理化学研究所(理研)は1月14日、B型肝炎ウイルス(HBV)の感染受容体「ヒトNa+/タウロコール酸共輸送ポリペプチド(NTCP)」に結合し、HBV粒子のヒト肝細胞への感染を阻害するモノクローナル抗体を開発したと発表した。この研究は、理研生命医科学研究センター創薬抗体基盤ユニットの竹森利忠基盤ユニットリーダー(研究当時、現炎症制御研究チーム客員研究員)、生命機能科学研究センター創薬タンパク質解析基盤ユニットの白水美香子基盤ユニットリーダー、科技ハブ産連本部創薬・医療技術基盤プログラムの深見竹広マネージャー、後藤俊男プログラムディレクター(研究当時)、国立国際医療研究センター(NCGM)肝炎・免疫研究センターの下遠野邦忠客員部長、広島大学大学院医系科学研究科の茶山一彰教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Virology」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
HBVの持続感染者は全世界で約3億人、日本では100万人弱と推定されている。HBV感染には、出血を伴う医療行為などによる経皮的感染と、性交渉、分娩時の経粘膜感染がある。乳幼児期の感染では免疫系が未発達のため、多くが持続感染となり沈静化するが、10~20%の症例でB型慢性肝炎に移行する。また、成人での初感染者の多くは一過性の感染で治癒するが、少数は無症候性HBVキャリアやB型慢性肝炎に移行する。B型慢性肝炎では、肝機能の悪化・再燃を繰り返し、肝硬変、肝不全、肝がんに進行する率が高く、感染の予防対策や抗ウイルス薬の開発が極めて重要だ。
HBVは不完全な2本鎖DNAを持つウイルスで、そのゲノムはヌクレオカプシドに格納され、その外側をエンベロープが囲んでいる。HBV感染は、HBV外皮タンパク質「preS1」と肝臓に発現する受容体「ヒトNa+/タウロコール酸共輸送ポリペプチド(NTCP)」との間の高親和性相互作用により、HBVが細胞内に侵入し成立する。感染後、HBVは肝細胞核内にcccDNA(covalently closed circular DNA)と呼ばれる2本鎖DNAを形成する。cccDNAからプレゲノムRNAが転写され、このRNAから逆転写によりウイルスDNAが複製される。
現在、B型慢性肝炎を完治できる薬はないため、肝炎の進行を阻止し症状の改善を図る治療として、主に「核酸アナログ製剤」が使用されている。同剤は、プレゲノムRNAからDNAへの逆転写を抑制し、HBVの増殖を減速させて肝炎を鎮静化させる。同剤の単独療法を中止すると、HBVが再増殖する場合が多いため、HBVに対する免疫反応が確立されるまで投薬を継続することが推奨されている。しかし、長期投与によって薬剤耐性変異株が出現する危険性がある。そこで、核酸アナログ製剤と異なった作用機序を示す治療薬として「HBV表面抗原(HBsAg)特異的なモノクローナル抗体」の開発が進んでいる。しかしB型慢性肝炎患者の血中には、感染性ウイルス粒子よりも莫大な数のHBsAg陽性の非感染性中空粒子が存在することから、ヒトに投与された中和抗体の多くが非感染性中空粒子に反応し、感染性ウイルスへの薬効が減弱することが想定される。また、抗体を長期投与することにより、中和抵抗性に抵抗を示す変異ウイルス株の発生も懸念される。
HBVは、ウイルス外皮タンパク質のpreS1ドメインを介してNTCPに結合し、宿主細胞に侵入することから、NTCPはウイルスの変異や中空粒子の影響に無関係な抗HBV治療薬の標的として考えられる。実際、preS1の合成ペプチドMyrcludex Bは、HBVとD型肝炎ウイルス(HDV)感染を効果的に軽減し、D型慢性肝炎の治療薬としてヨーロッパで承認されている。しかし、Myrcludex Bの体内での半減期は短く、現在の治療のプロトコルでは毎日2mgもの合成ペプチドの注射投与が必要なことから、より長く効果が継続する薬剤の開発が望まれている。
N6HB426-20mAbはHBV感染を抑制するが、胆汁酸の取り込み阻害効果は少ない可能性
研究グループは今回、NTCPを標的とし、HBV感染を選択的かつ長期に阻害するモノクローナル抗体を開発した。NTCPの本来の機能は肝臓における胆汁酸の取り込みだが、開発した抗体は、その生理活性を阻害しないものだとしている。
NTCPは4つの細胞外ループ(ECL1~4)を伴う膜貫通型糖タンパク質で、マウスとヒトNTCP(hNTCP)は高いアミノ酸配列の類似性を持ち、相互に異なったアミノ酸残基が分子全体に広く拡散している。研究グループは、hNTCPの細胞外領域を標的とするモノクローナル抗体を確立するため、抗原刺激を受けるホストとしてNTCP遺伝子を欠損するマウスを作製し、そのマウスに立体構造を維持したhNTCPタンパク質とhNTCP発現細胞株を交互に投与した。抗原刺激後、脾臓由来の免疫グロブリンG(IgG)を表面に発現するB細胞を免疫学的方法で精製し、電気融合法を用いてハイブリドーマ(融合細胞)を作製した。
次に、得られた2万個のハイブリドーマのうち、NTCPに反応する797個を選択し、ルシフェラーゼ遺伝子組み込みHBVを利用した迅速スクリーニング法を用い、HBVの標的細胞侵入を強く抑制するモノクローナル抗体を産生する「ハイブリドーマN6HB426」を同定した。ハイブリドーマN6HB426を限界希釈法により得たクローン上清から精製し、得られた「N6HB426-20モノクローナル抗体(N6HB426-20mAb)」を、その後の解析に用いた。
このN6HB426-20mAbは、in vitro(試験管内)でHBVのNTCP強発現細胞株およびヒト肝細胞へのHBV感染を強く阻止し、それぞれの感染抑制の50%阻害濃度(IC50)は8~10ナノモーラー(nM)だったという。胆汁酸の取り込みに対するIC50は1,000nM以上であることから、N6HB426-20mAbはHBVのヒト肝細胞への感染は阻害するが、胆汁酸の取り込みに対する阻害効果は遥かに少ない可能性が示された。
ヒト肝臓を移植したキメラマウスのHBVウイルスの産生を長期抑制、NTCPの胆汁酸取り込み活性も阻害せず
HBV感染には、NTCPの細胞外ループECL1の細胞外領域アミノ酸84~87(84番目~87番目のアミノ酸残基の意味)が必要だ。NTCPの細胞外領域にアラニン置換を導入した28種類のNTCPを発現した細胞株を作製し、各細胞株のHBV感染感受性とN6HB426-20mAbの反応性を解析した結果、N6HB426-20mAbはECL4細胞外領域アミノ酸277~278を認識することが示唆された。NTCPの3Dモデルから、アミノ酸277~278は細胞外に突出したECL4の頂点にあり、この領域に結合したN6HB426-20mAbは近接するECL1アミノ酸84~87へのHBVの接着を阻害する可能性が考えられたという。
ヒト肝臓を移植されたキメラマウスに、HBV感染前後にN6HB426-20mAbを投与したところ、ウイルスの産生を長期に抑制することがわかった。N6HB426-20mAb投与後、体内の胆汁酸濃度は一過性に上昇するものの、しばらくすると投与前のレベルに戻ることから、ウイルス感染阻止に必要な抗体量ではNTCPの胆汁酸取り込み活性は阻害されないことが示唆された。
NTCPを介したHBV感染制御を目的として、これまでMyrcludex B以外に多くの合成ペプチドが開発されてきたが、in vivoでの活性は不明だった。また、HBV感染領域、ECL1アミノ酸56~59に対するモノクローナル抗体も開発されているが、in vitroでの中和活性はN6HB426-20mAbの10分の1程度低く(IC50=100nM)、また、in vivoでの抗体投与による著しい活性は見られなかった。モデルマウスにおいて、同様の条件でMyrcludex B 2mg/kgの投与量と同程度の効果を得るためには、40mg/kgのN6HB426-20mAbの投与が必要だった。一方、モデルマウスでのMyrcludex Bの半減期は16時間であるのに対し、N6HB426-20mAbの半減期は最短366時間と推定され、持続効果に関してはN6HB426-20mAbが勝ることが明らかになった。
N6HB426-20mAbのヒトへの使用が可能になれば、B型慢性肝炎の強力な治療法となる可能性
今回の研究により、N6HB426-20mAbがHBV感染症のさまざまな局面で有望な治療選択肢となる可能性が示された。現在、緊急時の母子感染予防に用いられているB型肝炎免疫グロブリン(HBIG)の原料は献血による血液であることから、HBV、C型肝炎ウイルス(HCV)、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)などの感染症に対する検査を経て製造されている。しかし、原料に由来する感染症伝播などのリスクを完全には排除できない。また、国内の献血を対象とする受給体制が困難とされているため、N6HB426-20mAbが代替薬剤となることが期待できる。
また、B型慢性肝炎患者に核酸アナログ製剤を投薬すると、ウイルスの複製を効率的に阻害するが、慢性的に感染した細胞からは常に低レベルのHBVが産生され、非感染肝細胞への感染が拡大してしまう。これはウイルス逆転写酵素/ポリメラーゼの活性には無関係に進行することから、ウイルスの侵入を阻害するN6HB426-20mAbを併用することで、核酸アナログ製剤の治療効果が向上する可能性がある。さらに、核酸アナログ製剤からの離脱過程で起こるウイルス増殖の抑制も期待できる。
「N6HB426-20mAbの中和能を改善し、ヒトに使用できるようにするためにさらなる研究を行うことで、B型慢性肝炎患者のためのより強力で、より良い治療法を確立する道を開けると考えられる」と、研究グループは述べている。
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・理化学研究所 研究成果(プレスリリース)