神経ペプチドGRP欠失マウスで短時間のストレス有無における行動変化を解析
鹿児島大学は1月12日、急性ストレス下にて過度な情動表出を抑制する分子および神経回路を明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医歯学総合研究科の城山助教、奥野教授ら、東京大学医科学研究所、東京大学先端科学技術研究センター、東京大学大学院医学系研究科の研究グループによるもの。研究成果は、「Molecular Psychiatry」に掲載されている。
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長期間の強いストレスが心身に強い悪影響を及ぼすことは、心的外傷後ストレス障害(PTSD)をなど、広く知られている。一方で、短時間の比較的軽いストレス経験によっても、その後数分~数時間において心身の状態が乱れる。しかし、その分子・神経回路の実体はあまり知られていない。
これまで、100種以上知られている神経ペプチドのひとつであるGRPは、扁桃体外側核(LA)で強く発現している。また、GRPは20分程度の拘束ストレスにより神経伝達物質としての放出が促進されることが知られている。LAは、音などの感覚刺激や電気ショックなどの嫌悪刺激を受容して基底核(BA)中心核(CeA)、ASTなどに神経投射しつつ、情動的な記憶を司ると考えられていることから、ストレス下における情動制御に大きな役割を果たすと予想される。そこで、今回研究グループは、GRP遺伝子が欠失したマウスを作製し、短時間のストレスの有無における行動変化を解析した。
GRP欠損マウスは拘束ストレス後の恐怖学習テストで過度な情動表出
研究グループは、GRP欠損マウスに音と電気ショックを同時に与え、音に対する恐怖記憶をすくみ反応時間を指標にして解析(恐怖学習テスト)。その結果、通常時は、GRP欠損マウスもGRP遺伝子を保有するマウス(野生型)も、すくみ反応時間に顕著な差はなかった。
一方で、マウスを20分間拘束し、動けなくすることでストレスをかけ、恐怖学習テストを行ったところ、GRP欠損マウスで過度なすくみ反応を示した。以上の結果は、GRPがストレス下にて過度な情動表出を抑制することを示す。
GRPが関連するASTの神経細胞のみの活性化で抑制と判明
このストレス下での情動学習を担う脳神経回路を同定するため、次に、神経活動に伴いその発現が亢進する最初期遺伝子であるArcのプロモーターを利用した、Arc-Venus遺伝子導入マウスを用いて解析した。このマウスを用いると、活動した神経細胞がその後数時間にわたって蛍光を発する。また、脳試料を透明にすることで活動した神経細胞の蛍光を検出しやすくし、緻密で詳細な神経活動解析方法を確立した。
GRPが発現するLAは扁桃体における情報の入り口であり、BAやCeAを含む多くの脳部位に神経伝達していることが知られている。そこで、これらの部位を含む扁桃体のほぼ全領域での神経活動解析を行い、活動した神経細胞を扁桃体の疑似的マップ上にプロットした。すると、無処置、ストレス無しの恐怖学習、およびストレス下で恐怖学習を行った野生型マウスでは、それぞれ個性的な扁桃体内での神経活動パターンの変化を示した。またGRP欠損マウスでは、野生型と比較して神経活動パターンの変化が示唆された。
プロット上で神経活動に変化がありそうな部位を切り出して詳細な再解析を行ったところ、ASTでのみ、ストレス下での恐怖学習時に活動した神経細胞が増加し、さらにGRPの欠損によってその増加が消失することが判明。この結果は、ASTの神経細胞のみがストレス下での恐怖学習により活性化し、その活性化の要因がGRPにより担われることを示すもの。以上の結果から、急性ストレス下にて過度な情動表出を抑制する分子および神経回路が同定された。
急性ストレス下での耐性を司るメカニズム研究の飛躍に期待
今回の研究結果で、神経ペプチドGRPや扁桃体近傍に存在する脳領域であるASTの役割が解明された。このことにより、急性ストレス下での耐性を司るメカニズムの研究が大きく飛躍することが見込まれると研究グループはみている。
近年、脳領域特異的な神経活動操作による脳機能研究が大きく発展している。「ASTはとても小さな脳領域であり、この部位に特異的な神経活動操作は極めて困難な状況にあるが、各種遺伝子操作法を駆使して達成すべく研究を進めている」と、研究グループは述べている。
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