腎がん患者のうちの約5%が遺伝性腎がん
理化学研究所(理研)は1月5日、腎がん患者と非がん患者対照群を用いた症例対照研究で世界最大規模となる7,000人以上のゲノムDNA解析を行い、日本人の遺伝性腎がんの原因遺伝子・発症リスク・臨床的特徴を明らかにしたと発表した。この研究は、理研生命医科学研究センター基盤技術開発研究チームの関根悠哉大学院生リサーチ・アソシエイト、桃沢幸秀チームリーダー、東京大学医科学研究所人癌病因遺伝子分野の村上善則教授、秋田大学大学院医学系研究科の羽渕友則教授、京都大学大学院医学研究科の小川修教授(研究当時)、東京大学大学院新領域創成科学研究科の松田浩一教授、国立がん研究センター遺伝子診療部門の吉田輝彦部門長、佐々木研究所附属杏雲堂病院遺伝子診療科の菅野康吉科長らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Human Molecular Genetics」に掲載されている。
画像はリリースより
腎がんは世界のがん全体の約2%を占めており、泌尿器科悪性腫瘍においては前立腺がん、膀胱がんに次いで多く、日本では年間約3万人が発症している。腎がんの病理組織型は約4分の3を占める淡明細胞型腎細胞がんと非淡明細胞型腎細胞がんの二つに大きく分類される。腎がん患者のうち、約5%は遺伝性腎がんであるといわれている。ゲノム配列において、個人の間で一つの塩基の違いを「遺伝子バリアント」と呼ぶが、その中でも遺伝性腎がんの発症病因であり、発症リスクを大きく上昇させる「病的バリアント」が遺伝性腎がんの発症原因と考えられている。
日本人での遺伝性腎がん発症リスクや臨床的特徴に関する情報は限定的だった
病的バリアントを同定する遺伝学的検査は、現在日本においても普及が進んでいる。この遺伝学的検査を行うことで、適切な治療方針の決定や、患者の近親者に対する早期のスクリーニング介入などが可能になる。例えば、乳がんや卵巣がんは、BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子に病的バリアントを保有する患者に対してPARP阻害薬が治療の選択肢となることや、がん未発症の患者に対して乳房や卵巣の予防的切除が日本でも医療保険に適応されるなど、遺伝学的検査の重要性はますます高まっている。
腎がんは複数の遺伝性腎がん症候群とその原因遺伝子が同定され、原因遺伝子に応じた病理組織型が存在することや予後不良の因子となることが明らかになっている。しかし、これらの研究は主に海外の研究成果に基づくものであり、日本人での発症リスクや臨床的特徴に関する情報は限定的だった。また、腎がんとBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子などの他のがんで関連が示されている遺伝性腫瘍関連遺伝子では、遺伝子ごとのリスクの大きさや臨床的特徴を評価する研究は大規模に実施されていなかった。
そこで共同研究グループは、日本人の腎がんについて大規模な数のサンプルを使用し、日本人に特徴的な病的バリアントの存在や病的バリアント保有者に特徴的な臨床情報を調べた。
腎がん患者1,532人の解析から118個の病的バリアントを同定
理研で独自に開発したゲノム解析手法を用いて、バイオバンク・ジャパン、秋田大学、京都大学が収集した腎がん患者1,532人(淡明細胞型腎細胞がん患者1,283人と非淡明細胞型腎細胞がん患者249人)およびバイオバンク・ジャパンが収集した対照群5,996人の血液から抽出したDNAの塩基配列を解析した。この解析対象の遺伝子は、腎がんの発症に関連することが知られている遺伝性腎がん関連遺伝子14個と、乳がんや大腸がんなど他のがんで関連が知られている遺伝性腫瘍関連遺伝子26個の計40個とした。
解析の結果、2,626個の遺伝子バリアントを同定した。これらの遺伝子バリアントを一つずつ米国臨床遺伝・ゲノム学会(ACMG)および米国分子病理学会(AMP)が作成したガイドラインや、国際的な遺伝子バリアントのデータベースであるClinVarに基づき病的バリアントであるか否かを判定したところ、118個が病的バリアントであると判定された。
淡明細胞型腎細胞がん患者の4.1%が病的バリアント保有、特にTP53と強い関連
次に、淡明細胞型腎細胞がんと非淡明細胞型腎細胞がんの病理組織型に分けて解析したところ、1,283人の淡明細胞型腎細胞がん患者では4.1%(53人)が病的バリアントを保有しており、遺伝性腫瘍関連遺伝子の病的バリアントの頻度が高いことがわかった。一方、249人の非淡明細胞型腎細胞がん患者では5.6%(14人)が病的バリアントを保有しており、遺伝性腎がん関連遺伝子の病的バリアントの頻度が高いことがわかった。
遺伝子ごとに関連解析を実施したところ、淡明細胞型腎細胞がん患者では、5個の遺伝子(TP53、CHEK2、BAP1、VHL、PMS2)が、がんの発症に寄与していることがわかった。このうち、3個(TP53、CHEK2、PMS2)は遺伝性腫瘍関連遺伝子だった。特に、11人のTP53遺伝子の病的バリアント保有者のうち、9人は東アジア人に特徴的な病的バリアント(p.Ala189Val)を共通して保有していたことから、人種ごとにゲノム解析を行うことの重要性が明らかになった。また、これらの病的バリアント保有者は保有しない患者より腎がんの家族歴を多く有することも明らかとなった(オッズ比:8.0)。
非淡明細胞型腎細胞がん発症に関連の病的バリアント保有者は非保有者より早期発症
一方で、4個(BAP1、FH、TSC1、FLCN)の遺伝性腎がん関連遺伝子が非淡明細胞型腎細胞がんの発症に寄与していることが明らかになった。これまでの報告やガイドラインでは、BAP1遺伝子は淡明細胞型腎細胞がんと関連するとされていたが、今回新たに、非淡明細胞型腎細胞がんとも関連することが明らかになった。これら4個の遺伝子の病的バリアント保有者(10人)は、病的バリアントを保有していない患者と比較して15.8歳若いときに腎がんの診断を受けており、また、病的バリアント保有者の33.3%は腎がんの家族歴を有したのに対し、非保有者は2.3%で、高い割合で腎がんの家族歴を有していることが明らかとなった。
病理組織型と人種に応じた解析対象遺伝子の選定、臨床情報に応じた検査の必要性示す
日本人腎がん患者は、淡明細胞型腎細胞がんにおいてTP53の人種に特徴的な病的バリアントが発症に大きく影響していることがわかった。また、非淡明細胞型腎細胞がんではこれまで関連が報告されていなかったBAP1の影響が大きいことも明らかとなった。これらのことから、病理組織型と人種に応じた解析対象遺伝子の選定と、臨床情報に応じた検査の必要性が示された。
今回の研究では、7,000人以上の腎がん患者・対照群のゲノムDNAを用いて、世界最大規模のゲノム解析を実施。日本人の腎がん患者において、病理組織型に応じて病的バリアントの頻度や原因遺伝子が異なること、それぞれの組織型での病的バリアント保有者の臨床的な特徴を明らかにした。「今後、これらの情報は日本人集団における腎がんの遺伝学的検査や診療ガイドラインへ貢献し、腎がんのゲノム医療体制の構築に寄与することが期待される」と、研究グループは述べている。
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・理化学研究所 研究成果(プレスリリース)