脳や脊髄などの中枢神経系の構築と維持に重要な「Olig2」のメカニズム解明を目指して
新潟大学は1月5日、脳や脊髄などの中枢神経系の発生の際に神経前駆細胞とオリゴデンドロサイト前駆細胞の生存に必須の分子「Ddx20」を発見し、その分子作用メカニズムを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医歯学総合研究科脳機能形態学分野の備前典久助教、竹林浩秀教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Death and Differentiation」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
脳や脊髄を構成する中枢神経系は、神経前駆細胞の増殖と、神経細胞やグリア細胞への分化が適切に行われることで構築される。転写因子Olig2は一部の神経前駆細胞に発現し、運動神経やオリゴデンドロサイトの発生に必須の分子であるほか、神経前駆細胞の増殖にも寄与するなど多彩な機能を発揮する。しかし、Olig2がこのような多様な発生プロセスをどのように制御しているかは、いまだ不明な点が多く残されている。そこで研究グループは今回、Olig2と結合する分子を探索し、その分子とOlig2が関わる発生メカニズムの解明を目指した。
RNAヘリカーゼDdx20は、神経前駆細胞とオリゴデンドロサイト前駆細胞の生存に必須
研究ではまず、Olig2と結合する分子の探索から始め、RNAヘリカーゼDdx20を同定した。Ddx20はRNAスプライシング、タンパク翻訳、転写などを制御する多機能な分子として知られている。発生期の中枢神経系でDdx20が欠損するマウスを作製し解析したところ、神経前駆細胞とオリゴデンドロサイト前駆細胞において、アポトーシス(apoptosis)と呼ばれる細胞死が急速に進むことが判明。細胞死の原因となるメカニズムを調べたところ、がん抑制遺伝子産物として知られるp53の過剰な蓄積が認められた。さらに、p53の蓄積はゲノムDNAが損傷することと、p53を分解する因子をコードするMdm2遺伝子のRNAスプライシングに異常が生じ、機能が喪失することが原因であることが判明した。
Ddx20はRNAスプライシングを制御するSMN複合体の構成因子としても知られている。Ddx20欠損マウスでは、SMNタンパクが不安定化しており、RNAスプライシング機構に異常をきたしていた。そして、Olig2陽性細胞では、Olig2タンパクはDdx20を安定化することでDdx20の機能を維持し、p53の抑制を介して神経前駆細胞の増殖を促進することも明らかになった。
Ddx20がp53の制御を通じて細胞を生存させるメカニズムを解明
がん抑制遺伝子p53は、細胞の増殖、分化、細胞死などを調節することで正常な個体発生に寄与している。今回の研究により、Ddx20によるRNA代謝制御系を介したp53経路の抑制が、中枢神経系の発生に必要不可欠であることが明らかになった。これまでOlig2はp53経路を抑制することで神経前駆細胞の増殖を促進することが知られていたが、今回Olig2によるp53抑制機構の詳細なメカニズムの一端が明らかになったことに加え、転写因子であるOlig2がDdx20を介してRNA代謝を制御することも明らかとなり、Olig2の転写調節にとどまらない多彩な機能が示された。
また同研究グループはこれまでに、Ddx20がオリゴデンドロサイトの分化・成熟にも必須であることを明らかにしている。したがって、今回の研究成果と合わせることで、Ddx20がオリゴデンドロサイトの発生の各ステップで必要不可欠な分子であることがわかったとしている。
先天性神経疾患やがんの病因解明と治療法開発の糸口となることに期待
今回の研究により、Ddx20によるp53制御を介した中枢神経系発生メカニズムが明らかにされたが、Ddx20はRNAスプライシング以外にも、RNA輸送、翻訳、転写調節など多様な機能を有しており、同研究成果以外の仕組みによっても、中枢神経系の様々な発生プロセスに関与していることが予想される。また、Ddx20は複数のがんの病態にも深く関与していることが報告されている。Olig2はグリオーマ(神経膠腫)やメラノーマ(悪性黒色腫)の進行にも関わっているという報告もあり、Ddx20とOlig2の相互作用が、がんの発生や進行に関わっている可能性がある。
「今後さらなる研究を進めることで、先天性神経疾患やがんの病因解明と治療法開発の糸口になることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・新潟大学 プレスリリース