多くの乳がんで発現低下している遺伝子FAM189A2に着目
愛知医科大学は12月21日、乳がんの無再発生存期間に関与する遺伝子を同定・命名し、その機能を解明したと発表した。この研究は、同大医学部病理学講座の角田拓実研究員、笠井謙次教授らの研究グループと、東京都医学総合研究所蛋白質代謝プロジェクトの佐伯泰プロジェクトリーダー、久留米大学バイオ統計センターの室谷健太教授(兼 愛知医科大学客員教授)らとの共同研究によるもの。研究成果は「EMBO reports」に掲載されている。
画像はリリースより
従来から乳がんなど多くのがん種で、液性因子(リガンド)CXCL12の刺激を受けたケモカイン受容体CXCR4が、がん細胞内の情報伝達機構を活性化し、がん細胞の細胞運動能やがん幹細胞化を亢進させることが知られている。愛知医科大学医学部病理学講座では、乳がんのCXCR4遺伝子発現調節機構を研究し、その成果を発表してきた。また、同講座では、多数の乳がん症例を解析した複数の発現遺伝子データベースを比較検討する過程で、FAM189A2との名称で登録されていた遺伝子が、多くの乳がん症例で発現低下していることに着目してきた。しかしFAM189A2遺伝子産物の研究成果は報告されておらず、その機能は全く不明だった。
乳がん再発までの期間、FAM189A2高発現群45か月、低発現群23.5か月
今回研究グループは、20年以上経過を追った欧米の乳がん3,951症例のデータを用いて、20%の症例が再発するまでの期間を解析した。その結果、FAM189A2高発現群は45か月であるのに対し、FAM189A2低発現群は23.5か月で再発していたことがわかった。さらにホルモン受容体陽性乳がん1,933例の解析では、5年以内の再発率がFAM189A2高発現群では17.1%であるのに対し、FAM189A2低発現群では31.0%と増加していた。
FAM189A2発現低下細胞株で、CXCL12-CXCR4により細胞運動能や幹細胞化が亢進
そこで研究グループは、ヒト乳がん細胞株から改めてFAM189A2遺伝子を抽出し解析した。同遺伝子産物は450アミノ酸からなる細胞膜貫通タンパク質であり、細胞内小胞(エンドゾーム)の形成・輸送に関わるEPN1と結合することがわかった。またPPxYモチーフと呼ばれる特徴的配列を介してHECT型ユビキチンE3リガーゼITCHと結合しこれを活性化すること、さらにITCHのユビキチン化基質として知られていたCXCR4のユビキチン化と細胞表面からエンドゾームへの取り込みを亢進させることも見出した。
CRISPR/CAS9システムを用いた分子生物学的実験手法を用い、人工的にFAM189A2遺伝子を破壊した乳がん細胞株を作成し解析したところ、同細胞株ではCXCL12刺激下でもCXCR4は細胞表面に表出し続け、細胞運動能や幹細胞化も亢進していることが証明された。
FAM189A2を新規ユビキチン化酵素活性化因子として「ENTREP」と命名
従来からITCHを活性化する因子としてNDFIP1やN4BP1と呼ばれる遺伝子産物が報告されている。しかし今回のFAM189A2は、これらとはがん症例での発現状況、細胞内局在、タンパク質構造や分子進化が異なることから、研究グループはFAM189A2を新規ユビキチン化酵素活性化因子ENTREP (ENdosomal TRansmembrane binding with EPsin)と命名し、遺伝子データベースに登録した(LC496047.1 DDBJ/EMBL-EBI/GenBank database)。
ENTREP発現の多寡を踏まえた乳がん患者の層別化と適切な個別化医療の実現へ
ENTREPは乳がんのみならず、多くの肺がん、頭頚部がん症例でも発現低下している。そのため、今回発見したITCHを介するCXCR4制御以外にも、がん細胞の性状に関わる多くの受容体制御に関わっている可能性が示唆される。「今後はENTREPにより制御される他の受容体を探索し、ENTREPによるがん再発の分子メカニズムの全容を解明するとともに、ENTREP発現の多寡を踏まえた乳がん患者の層別化と適切な個別化医療に結び付けたい」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・愛知医科大学 プレスリリース