老化神経幹細胞はどこまでニューロン産生能を復活できるか?
京都大学は12月17日、老化神経幹細胞がPlagl2の強制発現とDyrk1aの抑制によって若返ることを発見したと発表した。この研究は、同大ウイルス・再生医科学研究所の貝瀬峻研究員、影山龍一郎客員教授、生命科学研究科の今吉格教授、小林妙子准教授、山田真弓助教、末田梨沙同博士課程学生、朴文惠同博士課程学生、福井雅弘医学研究科博士課程学生らの研究グループによるもの。研究成果は、「Genes & Development」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
脳を構成する神経細胞(ニューロン)は、神経幹細胞から生まれる。胎生期には、神経幹細胞は活発に増殖して多くのニューロンを産み出すが、大人になると神経幹細胞は休眠状態になる。このような休眠状態の神経幹細胞は時折活性化して増殖し、一定数のニューロンを産生する。これらのニューロンは、学習や記憶に重要な役割を担っていることが知られているが、神経幹細胞の増殖能やニューロン産生能は加齢とともに低下し、老化時にはほぼ消失する。その結果、新たなニューロン産生が起こらなくなり、認知機能が低下する。老化神経幹細胞を若返らせて認知機能を回復させる試みが数多くなされてきたが、その効果は限定的だった。
これまでの研究から、WntシグナルやNotchシグナルの活性化、あるいはBMPシグナルの抑制によって成体脳に内在する神経幹細胞が増殖してニューロン産生を起こすことが報告されてきたが、老齢期では期待したほどの効果は見られなかった。また、細胞周期を活性化させることで老化神経幹細胞を増殖させることはできたが、ニューロンはほとんど産生されなかった。したがって、老化神経幹細胞はどこまでニューロン産生能を復活できるのかはよくわかっていなかった。
今回の研究では、老齢期の認知機能低下を回復させるために、老化神経幹細胞を若返らせてニューロン産生能を復活させることを目指した。そのため、胎生期神経幹細胞で高発現する転写因子80種類について強制発現することによって静止状態に維持した神経幹細胞培養系を活性化できるかどうか調べた。
Plagl2強制発現+Dyrk1aノックダウン=iPaDで機能的なニューロン新生が活性化
まず、高い活性化能を示した転写因子を老齢マウスの神経幹細胞で強制発現させて活性化能を調べたところ、亜鉛フィンガータンパク質Plagl2が最も強力な活性化作用を持つことが判明。次に、成体期の神経幹細胞で高発現する転写因子あるいはその制御因子をノックダウンすることによって静止状態に維持した神経幹細胞培養系を活性化できるかどうか調べた。ノックダウンによって高い活性化能を示した因子について、Plagl2の強制発現と組み合わせて老齢マウスの神経幹細胞での機能を調べたところ、ダウン症候群関連キナーゼDyrk1aのノックダウンが老化神経幹細胞の増殖能とニューロン産生能とを最も効率良く活性化できることがわかった。この組み合わせ(inducing Plagl2 and anti-Dyrk1a)をiPaDと命名した。
老化神経幹細胞は増殖能とニューロン産生能とをほぼ完全に失っていたが、iPaDによって幼若期並みに復活できることがわかった。その結果、少なくとも3か月以上の間増え続けて多数のニューロンを産生。さらに、空間記憶を調べるバーンズ迷路試験や認識記憶を調べる新奇物体探索試験において、老化マウスは記憶低下を示すが、iPaD処理によって記憶が改善した。したがって、iPaDによって機能的なニューロン新生を活性化できることが明らかになった。
iPaD、クロマチン構造変化でニューロン産生、学習・記憶能力を改善
続いて、iPaDによって神経幹細胞にどのような変化が引き起こされるか調査。その結果、胎生期に働く遺伝子のクロマチン構造が開き、老齢期で働く遺伝子のクロマチン構造が閉じること、その結果、老齢期の遺伝子発現パターンが若年期のパターンに変化することがわかった。研究グループは、以前、プロニューラル因子Ascl1について、静止状態の神経幹細胞では発現していないのに対して、活性化状態の神経幹細胞では発現振動が起こることを見出していた。老齢期の神経幹細胞でAscl1は発現していなかったが、iPaDによってAscl1の発現振動が誘導されることがわかった。
以上のことから、iPaDはクロマチン構造を変えることによって老齢期の神経幹細胞を若返らせて効率良くニューロンを産生させ、学習・記憶能力を改善できることが示された。この研究成果は、今後の認知症の治療に貢献できると期待される。
アルツハイマー病など、自身の神経幹細胞による再生治療法の開発に期待
同研究では、老化マウスの脳に内在する神経幹細胞を若返らせて長期間ニューロンを産生することに成功した。今後は、マーモセットなどの霊長類でも同様の効果があるのかどうかを解析する予定だという。
ヒトの脳内にも多くの休眠状態の神経幹細胞が存在する。神経幹細胞を活性化させて新たな神経細胞を作り出す技術を応用することで、アルツハイマー病などの脳疾患に対して、自身のもつ神経幹細胞から神経再生する治療法の開発につながると期待される、と研究グループは述べている。
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