HTLV-1感染後長い年月を経てCD4+T細胞ががん化するメカニズムは?
熊本大学は12月16日、シングルセル解析技術を用いて、HTLV-1感染により起こる成人T細胞白血病・リンパ腫(ATL)の発症機序を明らかにしたと発表した。この研究は、同大ヒトレトロウイルス学共同研究センター※1の佐藤賢文教授、Benjy Jek Yang Tan研究員、同国際先端医学研究機構の小野昌弘客員准教授(インペリアル・カレッジ・ロンドン准教授)らの研究グループが、今村総合病院、くまもと森都総合病院、佐賀大学医学部附属病院、東京大学との共同研究として行ったもの。研究成果は、「The Journal of Clinical Investigation」に掲載されている。
画像はリリースより
ヒトの体は、病原体やがん細胞に対して、免疫応答を誘導しそれらを排除することで病気を未然に防いで健康な状態を保っている。その免疫応答を誘導する際に、白血球の一種であるCD4+T細胞は、病原体やがん細胞の抗原を認識してエフェクターCD4+T細胞として活性化・増殖することにより免疫応答の中心的役割を果たしている。免疫応答活性化の役割を終えたエフェクターCD4+T細胞は、細胞死により消失するか、メモリーCD4+T細胞となって、再度出現する病原体やがん細胞に備えて生体内を循環している。この一連の流れが「正常なCD4+T細胞の活性化と分化」とされている。
HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型)は、その免疫の中枢を担うCD4+T細胞を主な感染標的細胞とし、CD4+T細胞のがん化により成人T細胞白血病・リンパ腫(ATL)を発症することが知られている。日本ではHTLV-1感染者が多く、現在その数は約82万人と試算され、HTLV-1感染者のうち、ATLを発症するのは10万人あたり年間60~70人とされている。HTLV-1感染者は、感染から50~60年経過した後にATLを発症するが、そのような長い期間にどのようなプロセスを経て、HTLV-1がCD4+T細胞をがん化するかについては不明な点が多く残されている。
HTLV-1はCD4+T細胞を過剰に活性化させてがん化を引き起こしていた
今回、研究グループは、病気の進行が緩やかなATL患者検体には、さまざまなステップのがん細胞(前がん状態から進行がん状態)が存在するのではないか、との仮説のもとに、HTLV-1感染者、ATL患者血液細胞を用いてシングルセルデータ取得を行った。
取得したシングルセルデータを先端的なバイオインフォマティクス手法で解析することにより、さまざまな発がんステップのがん細胞(ATL細胞)を特定することに成功。がん化の過程で細胞に生じる変化の詳細が明らかとなった。すなわち、HTLV1は宿主のCD4+T細胞が本来持つT細胞活性化の仕組みを利用して、HTLV-1に感染したCD4+T細胞を増殖・生存へと誘導し、その活性化がさらに過剰に起こった結果、HTLV1に感染したCD4+T細胞ががん化(ATL細胞化)していることが判明した。
HTLV-1感染CD4+T細胞はHLAクラスⅡを発現して免疫回避していた
さらに、HTLV-1に感染したCD4+T細胞は、過剰な活性化に伴い、本来T細胞のごく一部でしか出てこないHLAクラスⅡ分子を細胞表面に出すことで、抗原提示細胞としての機能を獲得することを発見。しかし、ATL細胞はT細胞の活性化刺激に重要な役割を持つ共刺激分子(CD80/CD86)を発現しないため、ATL細胞によりHTLV-1部分ペプチドの抗原刺激を受けたHTLV特異的CD4+T細胞は、免疫寛容に関わる分子(EGRやCBL-Bなど)の発現が増加することで不応答性状態(T細胞アナジー)に陥り、宿主の抗HTLV-1免疫を誘導できない可能性が示唆された。
今回の研究は、ウイルス学、臨床医学、免疫学、情報科学など、日本・英国のそれぞれの分野の専門家が集結し多分野融合研究チームを形成し、実際の感染者症例検体を最先端の研究手法で解析を進めた結果、HTLV-1によるCD4+T細胞のがん化メカニズムの本態を明らかにしたもの。研究グループは今後、ATLに加え、他のHTLV-1関連疾患の病態解明にも同研究アプローチを活用することで、新たな知見や治療標的を探索していく予定だとしている。
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・熊本大学 プレスリリース