世界中で問題となっている「輸血用の血液不足」を打開するには?
熊本大学は12月14日、ヒト成人骨髄細胞から半永久的に増殖し、赤血球へと分化する能力を有する不死化赤芽球細胞株(ELLU細胞)を樹立したと発表した。この研究は、同大国際先端医学研究機構(IRCMS)の三原田賢一特別招聘教授の研究グループと、日本赤十字社中央研究所、スウェーデン・ルンド大学との共同研究によるもの。研究成果は、「Human Cell」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
昨今、日本を含む多くの国で輸血用の血液が不足している状態が続いている。さらに、せっかく献血によって集められた血液もウィルス感染等による汚染の危険性があり、世界中で安全かつ安定的な輸血用血液の供給が求められている。この状況を打開するために、体外で赤血球を作り出し、輸血に用いる方法の開発が続けられている。
赤血球は、ヒトの身体に存在する細胞の80%以上を占め、身体中に酸素を運ぶ役割をもつヘモグロビンと呼ばれるタンパク質を含む。以前は臍帯血や骨髄などに含まれる血液細胞の源である造血幹細胞を用いて赤血球を大量に作製する方法が検討されていたが、造血幹細胞は非常にまれな細胞であることから、輸血で必要とされるだけの赤血球を作製することは困難だった。そこで、赤血球になる手前の幼若な細胞である赤芽球を「不死化」した細胞(細胞株)を樹立し、半永久的に増殖させることで赤血球を大量に作製する方法が試されている。
1年以上も安定して増殖していることから不死化された細胞株と判断
研究グループは今回、ヒトの骨髄に含まれる造血幹細胞から誘導した赤芽球にヒトパピローマウィルス(HPV)の持つE6/E7遺伝子を導入し、不死化細胞株(ELLU細胞)を樹立した。これまでに研究グループはヒトの臍帯血の造血幹細胞や、ヒト人工多能性幹(iPS)細胞から赤芽球細胞株を樹立してきたが、今回、新たに成人の骨髄に含まれる造血幹細胞から赤芽球を誘導してELLU細胞を樹立した。ELLU細胞は1年以上にわたって安定した増殖を続けていることから、不死化され培養可能な細胞集団、つまり、細胞株であると判断される。
培養条件を変更するだけでヘモグロビン合成や赤血球への分化が可能
これまでは増殖中の赤芽球細胞株に分化・成熟を促し、赤血球にするためにはHPV-E6/E7遺伝子の働きを止める必要があると考えられており、過去に樹立された細胞株には遺伝子の働きを調節するスイッチが組み込まれていた。ELLU細胞ではこのスイッチを使わず、より単純な仕組みで不死化を行ったが、培養条件を変えるだけで分化が起こり、ヘモグロビン合成や核の凝縮などの赤芽球分化で起こる現象がみられ、中には核を放出(脱核)して、より成熟した細胞へ変化するものも存在したという。
ELLU細胞の性質は均一ではなく、異なる分化能力を持つ細胞が混在していると考えられたため、元となるELLU細胞を一つひとつの細胞に分けてから個別に増殖させる作業(クローニング)を行った。その結果、同じドナー(成人骨髄)からクローンELLU細胞が10種類以上得られた。さらに、ELLU細胞は成体型ヘモグロビンを作っている成人骨髄から樹立されたにもかかわらず、多くのクローンで胎児型ヘモグロビンを合成しており、成体型ヘモグロビンを合成しているクローンはむしろ少数だったという。これまでの研究では、成体型ヘモグロビンを合成している細胞の方が分化能力が高く、赤血球を作りやすい細胞株とされていたが、分化前から成体型ヘモグロビンを持つELLU細胞クローンは、分化の誘導に伴いすぐに壊れてしまった。一方、胎児型ヘモグロビンを持つELLU細胞クローンは、培養の条件を変えると次第に成体型ヘモグロビンを作るようになり、壊れる細胞の割合も低いことが明らかになった。
ELLU細胞は今後、理研セルバンクから入手可能となる予定
今回の研究成果により、複雑な遺伝子調節システムを使わない赤芽球細胞株「ELLU細胞」が樹立された。さらに、ELLU細胞は異なる性質を持ち、合成しているヘモグロビンの型によって赤血球へ変化する能力に違いがあることもわかってきた。ELLU細胞から完全な赤血球ができる割合はまだ高くないが、これらの情報をもとに、より詳しい遺伝子発現比較などを行うことで、さらに赤血球を作る能力が高い細胞株を樹立したり、赤血球へ分化する効率を高めたりする研究につながることが期待される。
ELLU細胞は今後、茨城県つくば市の理化学研究所バイオリソース研究センター(理研セルバンク)から入手可能となる予定。
▼関連リンク
・熊本大学 プレスリリース