茵蔯蒿湯の薬効の個人差は、腸内細菌分布の個人差やジェニピン産生能の多様性と関与するのか?
名古屋大学は12月13日、漢方薬の一種である「茵蔯蒿湯(インチンコウトウ)」の薬効に、腸内細菌が深く関わっていることを、マイクロバイオームおよびメタボローム技術を活用して見出したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科腫瘍外科学の山下浩正医員、江畑智希教授、外科周術期管理学講座の横山幸浩特任教授らの研究グループと、株式会社ツムラとの共同研究によるもの。研究成果は、「Pharmacological Research」に掲載されている。
画像はリリースより
悪性腫瘍に伴う閉塞性黄疸は、しばしば認められる消化器症状。高ビリルビン血症は術後の状態に影響するため、術前の血清ビリルビン値をコントロールすることは非常に重要だ。茵蔯蒿湯は利胆作用および肝保護作用を有する漢方薬として知られているが、一部の患者には茵蔯蒿湯の作用が認められないことが経験的に知られており、その原因は明確になっていない。ジェニピン(Genipin)は茵蔯蒿湯の主薬効成分として知られているが、これは構成生薬である山梔子(サンシシ)に含まれるジェニポシド(Geniposide)という配糖体から変換されたものであり、この生成過程に腸内細菌が深く関わっていることが示唆されていた。
近年の腸内細菌研究において、一人ひとりが持つ腸内細菌の分布には大きな個人差があり、腸内細菌の個人差が健康維持や発病、薬の作用の個人差に関わっていることが明らかとなってきた。茵蔯蒿湯の薬効の個人差も腸内細菌分布の個人差(多様性)や、ジェニピン産生能の多様性と関与することが想定されるが、これまでにそのような検討は行われていなかった。
便ジェニピン産生能高い患者と低い患者では大きく菌叢パターンが異なっていた
今回の研究では、胆管ドレナージ処置を実施した54人の閉塞性黄疸を伴う胆管がん患者より、がん手術前の便を採取したのち、術後4日間ツムラ茵蔯蒿湯7.5g/日を服用してもらい、利胆作用を調査した。便ジェニピン産生能、腸内細菌叢の分布および便中有機酸量を分析し、利胆作用との関係を調べた。検討には試験を完遂し、便検体の採取が可能だった52人のデータを用いた。
術前の便ジェニピン産生能には、大きな個人差が認められた。便ジェニピン産生能の高い10人と低い10人のサブグループを比較し、便ジェニピン産生能とその他検査項目との特徴的な関係を調べたところ、Top10群はBottom10群よりも腸内細菌の多様性が高く、ブリストル便スケールが低いことが明らかとなった。また、便ジェニピン産生能の高いTop10群は、便ジェニピン産生能の低いBottom10群と比べ、有意に投与2日目の胆汁分泌変化量が高いことが明らかになった。
次に、腸内細菌の分布を調査した。腸内細菌組成を便ジェニピン産生能の順番に並べたところ、便ジェニピン産生能高い患者と低い患者では、大きく菌叢パターンが異なっていることが判明。多様性においても、便ジェニピン産生能に対応して異なるクラスターを形成していたという。
便ジェニピン産生能は茵蔯蒿湯投与2、3日目の胆汁分泌変化量と正に相関、ブリストル便スケールと負に相関
さらに、全てのデータを用いて利胆作用、腸内細菌および便有機酸と便ジェニピン産生能の関係を相関解析により検討した。便ジェニピン産生能はクロストリジウム目の菌と正に相関し、ラクトバシラス目の菌と負に相関した。また、便有機酸において吉草酸と正に相関し、乳酸、コハク酸と負に相関した。便ジェニピン産生能は茵蔯蒿湯投与2、3日目の胆汁分泌変化量と正に相関し、ブリストル便スケールと負に相関したとしている。
患者の便ジェニピン産生能の把握で茵蔯蒿湯の作用強度も把握できる可能性
今回の研究成果により、茵蔯蒿湯の薬効発現において腸内細菌が深く関わっていることが示唆された。採取した便が投与前のものであることから、患者の便ジェニピン産生能を事前に把握することで、茵蔯蒿湯の作用の強度を事前に把握することが可能になるかもしれないという。
「便ジェニピン産生能と負に相関を示した菌は、健康な腸管にはあまり存在していない通性嫌気性菌だった。また、便中乳酸、コハク酸濃度も負に相関していることから、腸内環境を良好な状態に戻すことにより、茵蔯蒿湯の効果の低い患者(ノンレスポンダー)に対しても、茵蔯蒿湯の反応性を高める(レスポンダー)という新たなアプローチが可能になるかもしれない」と、研究グループは述べている。
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