APACHE IIスコアはリアルタイムの重症度把握には不向き
北海道大学は12月13日、患者の重症度指標となる血液中のアラーム物質をベッドサイドでリアルタイムに測定するセンサーを開発したと発表した。この研究は、同大大学院工学研究院の石田晃彦助教、同総合化学院博士後期課程の西山慶音氏(研究当時)、修士課程の水上良平氏(研究当時)、九鬼静香氏、および、徳島大学先端酵素学研究所の木戸博特任教授、千田淳司助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Biosensors and Bioelectronics」に掲載されている。
画像はリリースより
新型コロナウイルス感染症やインフルエンザ感染症をはじめとする各種疾病により重篤化した患者の診断と治療には、重症度をリアルタイムに把握することが不可欠だ。これまで患者の重症度診断は、さまざまな臨床検査データをスコア化して集計することで総合的に判断されてきた。また、集中治療室に入室した患者についてはAPACHE IIスコアという指標が世界的に使われている。しかし、APACHE IIスコアは予後予測値であり、測定項目が多く一部の項目は測定に時間がかかることから、リアルタイムの重症度把握には不向きだった。
A-LES値(乳酸値/ATP値)はリアルタイムな重症度を示すが測定に時間がかかった
徳島大学の木戸特任教授らは、血液中のATP値に対する乳酸値の比が重症度をリアルタイムに的確に示すことを明らかにし、集中治療室に入室した各種重症患者やインフルエンザ患者においてその有効性を実証した。この新たな指標をA-LES値として提案した。しかし、当時のATP値と乳酸値測定は、それぞれ別々の専用測定装置が必要なため、A-LES値を利用した迅速な重症度評価には限界があった。一方、北海道大学の石田助教らはATPを簡便に測定できる手法を確立していた。そこで、北海道大学と徳島大学は、ATP値および乳酸値の測定を一体化してベットサイドでも迅速・簡便に測定できるセンサーの開発に取り組んできた。
反応や測定の原理を工夫し、最少の操作で迅速な測定完了が可能に
今回開発したセンサーは、測定が最少の操作で迅速に完了するところに新規性がある。血液中のATPのほとんどは赤血球に含まれているため、同センサーでは薬剤を加えて赤血球の細胞膜を溶解して、ATPを抽出する。この処理をした血液試料にATP値および乳酸値測定用の薬剤(酵素など)をそれぞれ加えて、センサーの測定部位(チップ)に置き、生成物質を電極で測定する。
乳酸値の測定には、従来の乳酸センサーと同様の原理を採用しており、1種類の酵素だけで測定できるが、ATP値の測定には3種類の酵素が必要で、それ以外の試薬数も多いため操作が繁雑になりがちだった。そこで研究グループは、反応条件を詳細に検討することで、試料に2液を加えるだけで測定できる手法を確立した。さらに、ATPも乳酸も同一の物質(過酸化水素)が生成するよう酵素反応系を構築したことで測定手法が統一され、測定系がシンプルになった。
ATP値と乳酸値を測定するには、電極の交換、測定条件の設定、測定の実行と停止がその都度必要だったが、2組の電極を1枚のチップに集積し、測定をマイコン制御することで測定の手間を大幅に削減した。
血中ATP値と乳酸値は従来法と同等、感度も十分
検討の結果、同センサーは、血液中に含まれるATP値および乳酸値を十分な感度で測定可能だった。その応答を妨害する可能性がある血液中の成分(アスコルビン酸、尿酸、ピルビン酸、ADP、カリウムイオン)について影響がないことが確認された。実際の血液試料を用いた回収試験では、ATPおよび乳酸で100%近い回収率が得られており、血液中のほかの成分の影響をほとんど受けないことが改めて示された。
さらに、血液中のATP値および乳酸値を同センサーおよび従来法で測定して比較したところ、いずれも同等の値が得られ、同センサーによる測定値の有効性が確認された。
さまざまな重症患者の迅速かつ的確な診断と治療への応用に期待
今回開発されたセンサーにより、ATP値と乳酸値の迅速かつ簡便な測定が可能になったことから、A-LES値(乳酸値/ATP値)に基づくベッドサイドでの重症度診断が容易になり、患者の重症度診断と治療に役立てられることが期待される。現在、研究グループは、計測ICモジュールを組み込むことにより、センサー全体のさらなるコンパクト化を検討中だとしている。
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・北海道大学 プレスリリース