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自己意識の最小単位がファスト・メモリとスロー・メモリであることが判明-筑波大

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2021年12月07日 PM12:15

身体所有感と自己操作感の因果関係は不明だった

筑波大学は12月2日、自己意識の最小単位(クォンタム・セルフ)が、ファスト・メモリとスロー・メモリであることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大システム情報系 井澤 淳准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「iScience」にオンライン公開されている。


画像はリリースより

コロナ禍の影響により、ICTによる社会生活の変革が進んでいる。特に、仮想空間内(VR)における経済活動を提供するメタバースは、次世代産業のキラーコンテンツといわれている。そこで鍵となるテクノロジーは「VRにおける身体性の獲得」だと議論されている。このような議論は、自我に関する主体的な意識、つまり自己意識にとって身体性が大きな役割を持っていることと大きく関係している。

実際に哲学者のショーン・ギャラガーは、自己意識について次のように考察している。自己というのは、これまでに自分に起こった経験とそこから獲得された種々の知識や特徴など、連続的・物語的な存在(ナラティブ・セルフ)を含む。しかし、それらを排除しても残る自己の最小単位は、感覚体験に対してその主体性を即時的に意識する現象、例えば、「行為の主体が自己である感覚」=「自己操作感」と、「身体が自己に所属する感覚」=「身体所有感」である。これらの概念はミニマル・セルフ(最小自己)と呼ばれ、その形成過程を調べることは、自己とは何かを考える上で重要なテーマとされてきた。

これまでの発達心理学研究では、成長の過程でまず自己操作感が形成され、次に身体所有感が形成されると考えられてきた。一方、認知科学研究では、身体所有感が自己操作感の前提条件であることが報告されている。このように、自己操作感と身体所有感の間には因果関係が報告されてきたものの、それぞれの報告は互いに矛盾していた。このような矛盾する数々の自己意識に関わる報告の背景にある統一的なメカニズムは、これまで不明だった。

身体所有感はファスト・メモリによって駆動し、自己操作感はスロー・メモリによって駆動

この問題にアプローチするため、研究グループは次のような思考実験を行った。例えば、自身の身体の幾何学的関係性(身体イメージ)が突然変化する状況や、運動企図に応じた身体運動の予測(内部モデル)が突然成立しなくなる状況では、ヒトはもはや自己を所有している感覚や操作している感覚を失うと考えられる。そのような状況が継続した場合、ヒトの自己意識は変容し、新しい身体や身体運動を自己として認識するようになるのだろうか。また、ヒトの身体意識が運転し慣れた自動車や使い慣れた道具に拡張されるように、変容した身体イメージに対しても自己意識は適応を示すのではないだろうか。

この予測を検証するため、研究グループはVR環境に構築したバーチャル身体を、ハプティックデバイスを通じて任意に操作できるような環境を構築した。一人称視点でバーチャル身体を操作する状況(統制条件)に加えて、身体イメージを実験的に変容させるため、「バーチャル身体を第三者視点から操作するような状況」と、「左右が反転した身体を操作するような状況」という2つの実験条件を設定した。さらに、これらに加え、被験者には知らせずに身体運動に視覚回転を与えた。このような視覚回転を与えられると、ヒトには新たな身体運動記憶が徐々に形成され、精緻な運動が可能になることが知られている。

同研究では、ハプティックデバイスを通じて取得した運動情報を基に、数理モデルを用いて脳内の運動記憶を定量化した。また、バーチャル身体を通じて感じる自己意識を、身体所有感と自己操作感を一定時間ごとにそれぞれの主観スコアで測定した。このように、身体運動記憶の更新過程を記録すると同時に、バーチャル身体に起こった身体イメージ変容による身体意識の損失と適応による回復過程を測定することに成功した。

実験の結果、自己意識は身体イメージの変容によって損なわれることがスコアの低下により判明。また、これら自己意識の損失は、運動記憶の形成に伴って回復することが観測された。さらに、この時の回復カーブは身体所有感と自己操作感で有意に異なることが明らかになった。具体的には、身体所有感は即時的な回復を示したのに対して、自己操作感はやや緩やかなカーブを示していたという。

そこで、運動記憶形成の計算モデルを用いて、これら身体意識回復のカーブを運動記憶の早い成分()と遅い成分()に分解したところ、身体所有感は主にファスト・メモリによって駆動され、自己操作感は主にスロー・メモリによって駆動されていることが明らかになった。

身体所有感と自己操作感の因果関係は記憶形成のスピード差による錯覚であった可能性

ギャラガーの提唱をきっかけに、これまでの認知科学的研究では、自己意識のミニマル・セルフ(主体の即自的経験)を身体所有感と自己操作感に区別し、それらの形成過程の違いや因果関係が調べられてきた。しかし、さまざまな事象が統一されることなく報告され、その背景にあるメカニズムが不明確なまま残されており、それが神経科学と自己意識の研究の接続にとってのボトルネックとなっていた。

しかし、今回のミニマル・セルフ形成のナラティブ性(時間的連続性・履歴性)に着目した新しい実験パラダイムによって、自己意識の最小単位(クォンタム・セルフ)がファスト・メモリとスロー・メモリであることが明らかにされた。これまで認識されていた身体所有感と自己操作感の間の因果関係は、実際にはスピードの異なる2つの運動記憶が同時並行的に意識に登ることで引き起こされる、ある種の錯覚であると同時に、現象論的には脳内にファスト・セルフとスロー・セルフと呼ぶべき2つの異なる動的な表象(情報)が存在することが示唆された。

自己意識形成の動的過程の神経基盤を明らかにし次世代産業に資する設計論の構築を目指す

eスポーツやメタバースが次世代の産業として注目を浴びる一方、現代は身体性喪失の時代ともいわれている。また、自己意識は依然として思春期において重要な関心の対象であり続けている。ヒトが自己を自己として認識するためには、身体に対する認識が必要不可欠だ。研究グループは、ヒトの身体認識を理解するためには、哲学、認知科学、脳科学を包括し、工学応用可能な体系とする「身体性システム科学」の構築が必要だと考え、今後はこのような自己意識形成の動的過程に関して、その神経基盤を明らかにすることにより、安心安全なメタバース社会の設計など、次世代産業に資する設計論を神経科学に基づいて構築することを目標とする、と述べている。

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