ピリドキシン大量投与による治療は半数の患者に効果なし
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)は12月1日、X連鎖性鉄芽球性貧血(XLSA)患者から作製したiPS細胞により、XLSAにおける赤芽球成熟障害を再現し、病態モデルを作製し、アザシチジン(AZA)が治療薬となり得ることを示したと発表した。この研究は、同研究所の森本有紀研究員、蝶名林和久助教(京都大学大学院医学研究科血液・腫瘍内科学、CiRA増殖分化機構研究部門)、高折晃史教授(京都大学大学院医学研究科血液・腫瘍内科学)、吉田善紀准教授(CiRA増殖分化機構研究部門)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Blood Advances」に掲載されている。
画像はリリースより
ヒトの体では、赤血球の中にあるヘモグロビンが酸素と結合することで、体中の隅々まで酸素を行き渡らせている。ヘモグロビンには鉄が含まれており、何らかの理由で鉄を使ってうまくヘモグロビンが作れなくなると、赤血球のもととなる赤芽球に鉄が沈着してしまい、鉄芽球と呼ばれる状態になる。先天的な遺伝子の変異により、こうした鉄芽球ができ、酸素がうまく運べなくなる、貧血状態になる病気が遺伝性鉄芽球性貧血だ。最も頻度が高いものがX連鎖性鉄芽球性貧血(XLSA)で、X染色体上にあるALAS2遺伝子の変異により発症する。
XLSAは男性に多くみられ、無症状や軽度の貧血症状のみであることが多いが、4分の1程度の患者は女性であり、男性の場合とは異なり、成人中期から後期にかけて、しばしば重篤な貧血症状で発症する。女性の場合はX染色体が2本あるため、細胞ごとにランダムにどちらかのX染色体が不活性化されている。通常は、一方のALAS2遺伝子に変異があっても、もう一方の正常な遺伝子が働く細胞が多く存在するので貧血にはならない。しかし、加齢などによりX染色体の不活性化に偏りが生じ、変異のある遺伝子が働く細胞の割合が多くなると、重篤な貧血症状を来す。
治療法の一つとして、ピリドキシンの大量投与があるが、約半数の患者には効果がないことがわかっている。現在までの所、他に有効な治療薬はなく、新たな治療法が求められている。
女性型XLSA患者由来iPS細胞を作製し、初の女性型病態モデルを構築
これまでに、男性型のXLSAを再現した細胞や動物のモデルは開発されていた。しかし、女性型のXLSAを再現したモデルは作られていなかった。そこで、研究グループは今回、女性型のXLSA患者からiPS細胞を作製し、赤芽球へと分化させることで、病態モデルの構築を試みた。
XLSA女性患者では正常X染色体不活化細胞(MT細胞)の割合が高い
まず、3人の患者の末梢血単核細胞(PBMC)からiPS細胞を作製。ALAS2遺伝子はX染色体上に存在するため、女性の患者では2つのALAS2遺伝子のうち1つがランダムに不活性化されている。そこで、ALAS2が変異したX染色体が不活性化された野生型iPS細胞(WT-iPS細胞)と、ALAS2が正常なX染色体が不活性化された変異型iPS細胞(MT-iPS細胞)を同じ患者から作製した。
3人の患者から採取したPBMCについて、WT細胞とMT細胞の割合をHUMARAアッセイで調べると、50%ずつではなくMT細胞の方が多く、偏りが生じていることが判明。また、3人の患者からそれぞれ、58株、94株、47株のiPS細胞株を樹立し、WTとMTの割合を調べると、いずれも大半がMT細胞であり、患者のPBMCと同様に偏りがあることがわかった。
MT細胞は赤血球へうまく分化しない
次に、WT-、MT-iPS細胞それぞれを赤芽球へと分化させた。WT細胞由来の赤芽球のペレットは、正常な赤色だったが、MT細胞由来の赤芽球のペレットは白色だった。また、鉄染色を行ったところ、MT赤芽球ではXLSAで見られる特徴の一つである環状鉄芽球が確認されたが、WT赤芽球では確認されなかった。
AZA投与でMT細胞の赤血球分化能改善
研究グループは、MT細胞で不活性化されている正常なALAS2遺伝子を、薬剤で活性化することで赤芽球成熟障害が改善されるのではないかと考え、X染色体の不活性化を解除できるDNA脱メチル化剤であるAZAに注目。
iPS細胞由来造血前駆細胞から赤芽球へと分化させる過程でAZAを投与したところ、AZAを投与していないMT細胞(DMSO)のペレットは白色だったが、AZAを投与したMT細胞(AZA)のペレットは赤色だった。このことから、AZA処理により、赤血球生成不全が改善することがわかった。
AZAは一部のがん治療法の一つとして既に使用されている
今回の研究では、女性のXLSA患者から野生型と変異型のiPS細胞株を樹立した。このiPS細胞を用いて、変異型の細胞では、女性のXLSAに類似した赤芽球の成熟障害を引き起こすことを示した。さらに、脱メチル化剤であるAZAが、不活性化されていた正常なALAS2遺伝子を再活性化することで、女性XLSAで見られる赤血球生成不全などを改善することを明らかにした。
AZAは、一部のがん患者を対象に治療法の一つとして使用されており、DNA脱メチル化剤は女性XLSA患者の新たな治療法として有望であると考えられる。
▼関連リンク
・京都大学iPS細胞研究所(CiRA) プレスリリース