高血圧や心不全改善作用の報告がある酵素B38-CAP
秋田大学は11月24日、アンジオテンシン変換酵2(ACE2)様酵素「B38-CAP」について、新型コロナウイルス感染による重症肺炎に対して治療効果を発揮することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科の久場敬司教授、山口智和助教ら、国立医薬基盤・健康・栄養研究所・霊長類医科学研究センター、東京大学医科学研究所、国際農林水産業研究センター、国立感染症研究所、香港大学、群馬大学、秋田県総合食品研究センター、ブリティッシュコロンビア大学の研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」電子版に掲載されている。
画像はリリースより
ヒトACE2は、SARSや新型コロナウイルス感染の受容体であることで知られている。2000年の発見当初は、血圧上昇物質アンジオテンシンIIを分解することにより血圧を降下させる酵素として見出された。秋田大学の久場敬司教授と医薬基盤研究所の今井由美子プロジェクトリーダーは、2002年より、ヒトACE2の研究に取り組み、ACE2の酵素活性が心不全や高血圧の症状改善などに加えて、SARSや敗血症による重症肺炎(急性呼吸窮迫症候群)の呼吸不全を改善することを解明した。
一方で、ヒトを含む哺乳類のACE2は糖鎖構造を持つことから、組換え型のヒトACE2酵素を治療薬として大量に取得することが困難で医薬開発での障害となっていた。2006年に秋田県総合食品研究センターの高橋砂織氏らが白神山地土壌から分離したD-アスパラギン酸特異的エンドペプチダーゼ生産菌Paenibacillus sp. B38は、国際農研での全ゲノム解析から多くの有用酵素遺伝子を持つことが示唆されていた。
2020年、秋田大学の久場敬司教授らは、この菌株の産生する酵素B38-CAPがACE2と同じ酵素活性を持ち、生理活性ペプチドであるアンジオテンシンIIを分解することにより、高血圧や心不全を改善する作用を持つことを報告。また、ヒトACE2組換えタンパクと異なり、大腸菌のタンパク質発現系で短期間に大量に取得できることから、創薬の観点からも有用であることが示されていた。
B38-CAP、Spikeタンパク投与により重症化した塩酸誘発性の急性肺傷害を改善
今回の研究では、ACE2の酵素活性(生理活性ペプチドのC末端を切断する酵素活性(カルボキシペプチダーゼ活性))が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する効果を検討するために、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)誘発性の肺損傷に対するACE2様酵素B38-CAPの効果を検討した。
SARS-CoV-2を感染させたハムスターあるいはヒトACE2トランスジェニックマウスの肺では、内因性ACE2の発現が有意に低下し、生理活性ペプチドであるアンジオテンシンII量が有意に上昇した。SARS-CoV-2の表面に存在するSpike三量体の組換えタンパクを調製し、塩酸吸引による急性肺傷害のハムスターに投与したところ、同様にACE2発現が低下し、アンジオテンシンIIの血中濃度が上昇し、急性肺損傷の症状が顕著に悪化した。
B38-CAPはACE2相同因子としてACE2様の触媒活性部位を持つ一方で、SARS-CoV-2のSpikeには結合せず、SARSCoV-2の細胞侵入を抑制しなかった。B38-CAPはSpikeタンパク投与により重症化した塩酸誘発性の急性肺傷害を改善した。
SARS-CoV-2感染ハムスターの肺水腫と肺損傷を大幅に改善
次に、SARS-CoV-2感染ハムスターにB38-CAPを投与。その結果、ウイルスRNA量には影響を与えることなく、肺水腫と肺損傷の病態を大幅に改善し、IL-6レベルも低下した。さらに、ヒトACE2トランスジェニックマウスにおいても、B38-CAPはSARS-CoV-2誘発性の肺水腫と肺損傷の病態を軽減し、肺機能の測定でも呼吸不全が改善することがわかった。
これらの結果から、ACE2のカルボキシペプチダーゼ活性を補充する治療法が新型コロナウイルス感染症の重症肺炎(ARDS/急性肺傷害)を改善するために有効な治療戦略であるということが初めて明らかとなった。
新規COVID-19治療法開発に期待
新型コロナウイルス感染において、高齢者や心不全や糖尿病など持病のある人で肺炎が重症化することが問題となっている。重症化した時点では、ウイルスはほとんど検出されないにもかかわらずヒトの免疫細胞の暴走によって肺炎が重症化することが知られている。
B38-CAPには、ACE2同様に新型コロナウイルス感染に対して、特に心不全などの基礎疾患を有するヒトの重症化阻止効果のあることが期待される。今後、B38-CAPの医薬品としての開発が進めば、現在ACE2以外のコストと時間のかかる他のタンパク製剤についてもB38-CAPのように「ジェネリック」タンパク製剤で代替する動きが加速することが考えられる。さらに、B38-CAPのACE2様酵素によるペプチド制御に着目して、免疫の暴走を防ぐようなペプチドや阻害剤のカクテルを用いた新しいCOVID-19治療法の開発につながることも期待される、と研究グループは述べている。
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・秋田大学 プレスリリース