スパイン増大運動で軸索終末が押されることによる影響は?
東京大学は11月25日、大脳の興奮性シナプスの後部である樹状突起スパインが学習時に頭部体積を拡張する「スパイン増大運動」の際に軸索終末を力学的に押し、終末はこの力を感知して伝達物質放出を増強することを見出したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科の河西春郎教授(同大ニューロインテリジェンス国際研究機構・主任研究者)、同大ニューロインテリジェンス国際研究機構のUCAR Hasan特任助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature(電子版)」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
大脳のシナプスの70%(興奮性シナプスの90%)は、樹状突起スパインというトゲ構造の上に形成される。研究グループは、スパインは反復刺激を受けると頭部体積を拡張する増大運動を行い、その結果として長期的なグルタミン酸の感受性の増大が起き、長期記憶を形成していくことを見出していた。しかし、シナプスは増大運動する時に必然的に軸索終末を押すが、軸索終末は開口放出という力学的な機構で伝達物質放出を行っており、押されることの影響を調べることは懸案だった。
シナプスの性質は通常、たくさんのシナプスの集合として測定される。しかし、シナプスの運動性を見る場合には、一つひとつに分離して観察しなければならない。研究グループはこれまで、単一シナプス後部スパインの運動性を調べる2光子アンケイジング法を開発し、使用してきた。
神経細胞はスパインシナプスで力学的伝達を行い、情報伝達していた
今回はこれに加え、シナプス前部終末の光刺激(CsChrimsonR)、グルタミン酸放出の蛍光測定(iGluSnFR)、そして、放出を起こすSNAREタンパク質の会合を検出(iSLIM)するなど、光を使った刺激・測定技術を用いて、単一スパイン増大の効果を単一シナプス前終末で調べた。
その結果、スパインで押された軸索終末部位でSNAREタンパク質の会合が起き、グルタミン酸放出が促進することが見出された。この効果は即時に起きて20~30分持続。また、実際にスパインの代わりにガラス電極で押しても、同じことが起きたという。ショ糖による浸透圧増大(20mM)でも同様の現象が起き、これから増大は0.5kg/cm2という圧力で筋肉の張力とほぼ同じだった。つまり、シナプス内ではスパインが筋肉並みの力で軸索を押し、軸索はその圧を感知して機能的に応答していることが明らかになった。
この圧感覚では抹消軸索終末にある圧受容機構は用いられていなかったことから、この力によってスパインの学習的変化を軸索側が速く読み出し、より短期的な記憶の保持に使われていることが考えられた。一方、スパイン増大自体は長期的な記憶の保持に使われるが、この際のグルタミン酸受容体の集積はそれほど速くない。短期的と長期的で記憶の保持がシナプスの後と前に分かれており、脳では異なった記憶媒体に保存されると考えられている。これらに関する詳細は、今後の研究が待たれるが、今回の研究により、神経細胞はスパインシナプスで化学伝達をするだけでなく、力学的伝達をして2つの記憶媒体間の情報を力で受け渡している描像が生まれた。
シナプス圧機構の分子基盤をさらに明らかにし、それに介入する薬や手法の探索が重要
通常、脳は電気化学的な機械と思われているため、シリコンでできた人工知能も脳と同じことができるのでないかと考えがちだが、脳の神経細胞は大事な学習記憶のところで細胞運動により力学的につながっており、その複雑精巧なダイナミズムを模倣することは、シリコンでは不可能だ。体の運動能力や得意技が人によって異なるのと同じことが大脳のシナプスでも起き、脳の機能を決めていると考えられる。スパインシナプスには、精神疾患に関係する分子がたくさん集まっており、それらの大部分はシナプスの運動性と関係する。例えば、統合失調症ではシナプシンというシナプス前部蛋白質が減少していることがヒトの脳で知られているが、この分子はシナプス小胞の集積と関係し、軸索圧効果に関連する可能性が大いにある。
今回、シナプスの力が初めて測定され、その前部終末への効果が明らかにされた。この発見により、たくさんの機能分子がどのようにシナプス運動やその受容を変え、精神過程に関わるのかについて理解が深まっていくと思われる。「今後は、このシナプスの圧機構の分子基盤をさらに明らかにし、一方、それに介入する薬やその他の方法を探していくことが重要になる」と、研究グループは述べている。
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・東京大学大学院医学系研究科・医学部 プレスリリース