移植したヒトiPS細胞由来神経幹/前駆細胞の活動性はシナプス形成・維持に重要?
慶應義塾大学は11月24日、脊髄損傷マウスにヒトiPS細胞由来神経幹/前駆細胞を移植し、DREADDsと呼ばれる人工受容体技術を用いて体外から移植した細胞を刺激して移植細胞の活動性を繰り返し亢進させることで、脊髄損傷マウスの運動機能を回復させることに成功したと発表した。この研究は、同大医学部生理学教室の岡野栄之教授、整形外科学教室の中村雅也教授、河合桃太郎助教、名越慈人専任講師らを中心とした研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports」のオンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
脊髄損傷は、交通事故などの外傷により脊髄実質の損傷を契機に、損傷部以下の運動・知覚・自律神経系の麻痺を呈する病態であり、毎年約5,000人の新規患者が発生している。いまだに根本的な治療法の確立がされていない中で、国内の累計患者数は増え続け、現在10~20万人といわれている。亜急性期の患者への治療と、累積した慢性期患者への治療は共に大きな課題とされている。
これまでに研究グループは、損傷した脊髄の再生を目指し、世界に先駆けてヒトiPS細胞由来神経幹/前駆細胞を齧歯類や霊長類の脊髄損傷動物モデルに移植し、運動機能の回復を得ることに成功してきた。その後も、脊髄再生医療の実現に向けて研究を重ね、「亜急性期脊髄損傷に対するiPS細胞由来神経前駆細胞を用いた再生医療」の臨床研究を開始している。今回、研究グループは、細胞移植療法の治療効果のさらなる改善に向けた研究の一環として、移植細胞の活動性に注目した。正常の神経発達において、未熟な神経細胞の活動性がシナプスの形成や維持に重要であることが知られている。同様に、移植したヒトiPS細胞由来神経幹/前駆細胞においても、その活動性が移植細胞の関わるシナプスの形成や維持に重要な役割を示すのではないかという仮説のもと、研究を行った。
連日移植細胞刺激群は細胞移植単独群より、運動機能改善の効果が高まった
移植細胞のみを選択的に刺激して活動性を亢進させる方法の実現のため、近年開発された人工受容体を活用し、移植した細胞のみを長期間にわたって刺激。その結果について、従来の細胞移植療法単独の場合と比較し、治療効果を検証した。具体的には、あらかじめヒトiPS細胞由来神経幹/前駆細胞に人工受容体の遺伝子を発現させた。脊髄損傷マウスに対して、亜急性期に細胞移植を行い、その後、連日移植細胞を刺激。これと細胞移植のみを行った細胞移植単独群と比較した。
その結果、刺激群では細胞移植単独群と比較して、運動機能改善の効果が高まる結果が得られた。移植した細胞は神経細胞へと分化し、周囲の細胞とシナプスを形成していることが確認され、刺激群においてはシナプスに関わる遺伝子やタンパク質の発現が亢進していることが確認された。
今回の研究成果により、脊髄損傷に対するヒトiPS細胞由来神経幹/前駆細胞の活動性と、移植細胞と周囲の組織の間でのシナプス活動性の重要性が明らかになった。今後、この研究結果を基にした細胞移植療法の治療効果の改善に向けた治療法の開発が期待される。
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