SGN傷害は難聴の一因、一度傷害を受けると根本的な治療法はない
九州大学は11月24日、傷害を受けた成体マウスの内耳で、少数の新しい神経細胞(ニューロン)が出現することを発見し、その数を増殖因子とバルプロ酸の同時投与により著しく増やすことに成功した結果、一度失われた聴力が回復することを発見したと発表した。この研究は、同大大学院医系学府博士課程の脇園貴裕大学院生(研究当時)、共同研究員の安井徹郎医学博士、同大大学院医学研究院の中嶋秀行助教、中島欽一教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「JCI insight」に掲載されている。
画像はリリースより
一次聴覚ニューロンであるラセン神経節ニューロン(SGN)の傷害は難聴の一因とされているが、これらの細胞は哺乳類では再生しないと考えられており、一度傷害を受けると根本的な治療法はない。マウスでは、発生過程においてラセン神経節(SG)の神経幹細胞が増殖し、その後SGNへと分化するが、成体マウスのSGでは増殖性細胞を認めず、新たなSGNは出現しない。しかし、近年、SGにおいて傷害時に増殖性を有する神経幹細胞様細胞の出現が報告され、これらの増殖性細胞は全てグリア細胞へと分化するとされていた。
一方、研究グループは、傷害を与えたマウスSGを詳細に解析することにより、傷害時に出現する増殖性細胞の一部が、僅かではあるもののニューロンに分化していることを発見。そこで、傷害後に出現するこの増殖性細胞に増殖促進因子と分化・生存促進因子を作用させることにより新生ニューロンを増やすことができれば、傷害によって一度失われた聴力が改善できるのではないかと考えた。
増殖性細胞、増殖後にニューロンとなる細胞を発見
成体マウスのSGは、ほとんどの細胞が静止状態のSGNとニューロンの機能を助けるシュワン細胞で構成されており、どちらも生理学的条件下では増殖性を示さない。発生過程のSGにおいて、胎生14日目(E14)には多くの増殖性細胞を認めるが、出生後7〜14日目(P7〜P14)頃に細胞の増殖性は失われ、8週齢(8w)の成体マウスのSGでは増殖性細胞を認めない。
強心剤としても使用される薬剤ウアバイン(Ouabain)は、SGNの細胞死(アポトーシス)を誘導することが報告されている。実際に成体マウスの内耳にウアバイン投与を行うと、SGNが減少するとともに、先行研究で報告されていた通り、増殖性細胞が出現した。先行研究では、この増殖性細胞は全て、Sox2陽性もしくはSox10陽性のシュワン細胞と報告されていたが、少数ではあるものの、増殖後にニューロンとなる細胞を発見した。しかし、傷害後に聴力として機能するためには、ラセン神経節に存在するSGNの数があまりに少なかった。
GFとVPA投与でSGNの細胞数が著しく増加、処置後35日目にマウスの聴力改善
研究グループは、傷害後に出現する増殖性細胞の数を増やし、かつニューロンへの分化と生存を促進することにより、新しく産み出されるニューロンの数を増加させることで、聴力が改善できるかどうかを検討した。
まず、増殖性細胞数の出現が最も多いウアバイン投与後3日目に増殖因子(GF)を投与したところ、ウアバイン投与後7日目に増殖性細胞の数が著明に増加した。しかし、28日目に観察を行った結果、SGNの細胞数は少ないままであり、GFの投与だけでは最終的なSGN数を増加させることができなかった。
抗てんかん薬として知られるバルプロ酸(VPA)は、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害作用があり、神経幹細胞のニューロン分化を誘導するとともに、ニューロンの生存を亢進させることが知られている。そこで、GFを投与後にVPAを投与し、ウアバインによる傷害28日目後にSGN数を観察。その結果、GFとVPAの投与により、SGNの細胞数が著しく増加することがわかった。さらに、マウスの聴力をABR検査で測定した結果、通常マウスにウアバイン処置を行うと、処置後7日目には完全に聴力を失うが、GFとVPAで治療を行なったマウスでは、処置後35日目に聴力の改善を認めた。
新生ニューロン、SGN周囲にあるシュワン細胞に由来
成体哺乳動物のSGではニューロン新生は起こらないとされてきたことから、加齢、遺伝性変異、騒音や耳毒性薬物暴露などによって引き起こされるSGNの損傷と、それに伴う永続的な感音性難聴に対して根本的な治療法はなかった。しかし、今回の研究により、SGにおける潜在的なニューロン新生の可能性と、新生ニューロンを増加させることで聴力を改善する新規手法を提示することができた。また、この新生ニューロンは、SGN周囲にあるシュワン細胞に由来していることも明らかになった。
今後は、GFおよびVPA処置後の長期的な治療効果の検討や、傷害後に細胞増殖が開始する作用機序、およびシュワン細胞がニューロンへと変化するメカニズムについて調査する必要がある。将来的には臨床応用を目指し、難聴で困っている方々への治療につなげたいと考えている、と研究グループは述べている。
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・九州大学 研究成果