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休眠関連遺伝子としてArt3を同定、人工冬眠の実現に向け一歩前進-理研ほか

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2021年11月24日 AM11:00

能動的低代謝で生き延びる「休眠」、数か月は冬眠で数時間は日内休眠と呼ぶ

(理研)は11月19日、過酷な環境に置かれた哺乳類が自ら代謝を下げて生存を図る「休眠」に関わる遺伝子を探索し、転写因子Atf3がマウスの「日内休眠」に重要な役割を果たすことを発見したと発表した。この研究は、理研生命機能科学研究センター網膜再生医療研究開発プロジェクトの砂川玄志郎上級研究員、生命医科学研究センタートランスクリプトーム研究チームのオレグ・グセフ客員主管研究員らの国際共同研究グループによるもの。研究成果は、「Communications Biology」に掲載されている。


画像はリリースより

ヒトを含む哺乳類は、環境の温度が変化しても体温を一定に保てる。これは、食事と呼吸で得たエネルギー源と酸素を、代謝により熱に変えることができるためだ。一方、寒冷期や飢餓などの危機的な環境下で、一部の哺乳類は、自ら代謝を下げることでエネルギー消費を抑える「能動的低代謝」を行って生き延びようとする。この現象を「休眠」と呼び、数か月に及ぶ休眠を「」、数時間の休眠を「日内休眠」と呼ぶ。

休眠のメカニズムは不明、絶食で日内休眠するマウスで休眠特異的遺伝子を探索

休眠中の動物は酸素消費量が正常の1~30%程度まで低下し、結果として環境温度より数℃高い程度の体温まで低下する。しかしヒトのように低温障害や凍傷になることはなく、内臓などの器官にも特に異常は生じない。このような低代謝耐性・低体温耐性の原理はわかっておらず、冬眠動物を用いて解明が試みられているが、研究のために人為的に冬眠させることの難しさや、遺伝学的手法の多くが適用できないことなどにより、十分な成果が得られていない。

哺乳類のモデル動物として確立しているマウスは、冬眠はしないが、飢餓状態で日内休眠を行うことが知られている。そこで国際共同研究グループは、マウスを用いて休眠に特異的な遺伝子発現を詳細に調べるため、骨格筋を対象に研究を進めた。休眠中の動物に特異的な現象として、長時間にわたってほぼ動かないにもかかわらず、筋肉の衰え(萎縮)がほとんど起きないことが知られているためだ。

マウスは24時間絶食すると、日内休眠を誘導できる。特にC57BL/6Jという系統の個体は、20℃の環境温度で再現よく休眠を誘導できる。休眠特異的遺伝子を見つける手掛かりとして、まず、日内休眠の間にだけ発現が変化し、前後では発現量が変化しない「休眠可逆性遺伝子」を探索した。探索の手法には、特定の細胞でどの遺伝子が発現しているかだけではなく、遺伝子のどの配列から転写が始まるか(転写開始点)まで正確に把握できるCAGE法を用いた。その結果、骨格筋の細胞で休眠中のみ遺伝子発現が上昇した遺伝子を589個、低下した遺伝子を277個検出した。

休眠特異的に発現が変化する遺伝子を複数同定

日内休眠は、特定の環境温度と絶食がそろうことで誘導される。従って、それぞれの条件を取り除くと、高温のため休眠できない状態や、餌があるために休眠できない状態になる。これらの休眠阻害状態と、休眠を誘導した場合の遺伝子発現を比較することで、絶食状態や低温環境のみに反応した遺伝子と、低代謝状態のみに反応した遺伝子を区別できる。比較の結果、低代謝特異的に発現が上昇する遺伝子を330個、発現が低下する遺伝子を137個検出し、これらを日内休眠の低代謝状態に特異的な「低代謝関連遺伝子」と名付けた。

次に、休眠可逆性遺伝子と低代謝関連遺伝子の両条件を満たす遺伝子を「休眠特異的遺伝子」と定義した。休眠特異的遺伝子では、休眠中に上昇する遺伝子が226個、低下する遺伝子が61個見つかった。さらに、それぞれの遺伝子の転写開始点を正確に調べたところ、休眠中に発現が低下する遺伝子は、特定の配列から転写が始まる傾向が他の遺伝子に比べて強いことがわかった。遺伝子は一般的に複数の転写開始点を持ち、細胞の状態によって転写開始点を使い分けることが知られている。このことから、低代謝状態の筋細胞では、遺伝子の転写状況に大きな変化が起きている可能性が示された。

転写因子Art3に着目、複数の休眠特異的遺伝子の転写制御に関わる可能性

休眠特異的遺伝子は、休眠中に骨格筋で発現が変化する遺伝子群。この中には、休眠シグナルを受け取る役割や、その結果筋肉の性質を変える役割など、筋細胞の遺伝子発現ネットワークの上流から下流までのさまざまな位置にある遺伝子が含まれている。筋肉に休眠をもたらす遺伝子は、このネットワークの上流に位置し、その発現変化は下流遺伝子よりも早期に現れるはずで、このような上流遺伝子を同定するためには、完全な休眠に入る直前にすでに高く発現し始める遺伝子を見つけることが重要だと考えられる。

このような状況を作り出すため、休眠に入りそうになったときに優しく触れることでマウスの体に刺激を与え、休眠したくてもできない「断休眠状態」を作り出し、骨格筋の遺伝子発現を調べた。その結果、完全な休眠状態にある骨格筋と比較して、45個の遺伝子が上昇し、27個の遺伝子が低下していることがわかった。この遺伝子の中から、転写因子Atf3をコードするAtf3遺伝子に着目。Atf3遺伝子は休眠特異的遺伝子にも属しており、さらに、多くの休眠特異的遺伝子のプロモーター領域には、転写因子Atf3の結合配列が含まれていることがわかった。これは、休眠に入る際にまずAtf3遺伝子の発現が上昇し、多量に作られた転写因子Atf3が標的遺伝子のプロモーターに結合してそれらの発現を活性化、もしくは抑制することを意味している。

そこで、Atf3遺伝子の機能を調べるため、Atf3遺伝子を破壊したマウス(-ノックアウトマウス)を作製し、日内休眠の表現型を解析した。その結果、-ノックアウトマウスは休眠できたが、そのときの低代謝状態は、正常マウスに比べて穏やかな変化であることを確認。このことから、Atf3は筋肉だけではなく、個体レベルで休眠現象の制御に関与している転写因子であることが示された。

将来的には人工的な休眠誘導とその医療分野への応用に期待

今回の研究により、実験的に誘導できるマウスの日内休眠は、休眠メカニズムの研究に極めて強力な実験系であることがわかった。今後は、筋肉以外のさまざまな臓器に対して同様のアプローチをとり、より普遍的な休眠制御遺伝子を探索することが重要となる。

さらに、絶食性休眠よりも冬眠に近い冬眠様状態のマウスを調べることも重要だ。国際共同研究グループの砂川上級研究員らは2020年に、脳の特定の神経細胞を刺激することで、環境温度や絶食条件なしでもマウスやラットを24時間位以上の休眠状態(冬眠様状態)にできることを報告している。これらの知見に基づいて、将来はヒトの細胞や組織を休眠状態にするための分子メカニズムを探求する予定としている。ヒトで人工的な休眠誘導が実現すれば、組織や臓器を体外で長期保存する技術や、外傷や疾患により障害を受けた部位の症状の悪化を遅らせる治療法への応用など、医療分野への応用も期待できる。

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