非自己抗原が豊富なTMB-High非小細胞肺がんで、なぜPD-1阻害薬抵抗性となるのか?
国立がん研究センターは11月15日、体細胞変異数(Tumor mutation burden:TMB)が高い非小細胞肺がんの一部で、WNT/βカテ二ン経路の活性化がPD-1阻害薬の治療抵抗性に関与していることを明らかにしたと発表した。この研究は、同センター研究所腫瘍免疫研究分野/先端医療開発センター免疫TR分野の西川博嘉分野長(名古屋大学大学院医学系研究科微生物・免疫学講座分子細胞免疫学教授併任)と、大阪大学大学院医学系研究科呼吸器・免疫内科学分野の熊ノ郷淳教授、九州大学大学院医学研究院泌尿器科学分野の江藤正俊教授らの研究グループと小野薬品工業株式会社との共同研究によるもの。研究成果は「Science Immunology」に掲載されている。
画像はリリースより
免疫療法はさまざまながん種において治療効果を発揮し、幅広く臨床現場で使用されている。特にPD-1阻害薬は、免疫療法の中でも最も広く用いられている。大規模臨床試験やこれまでの複数の基礎研究によって、PD-1阻害薬は、一般的にTMBが高いがんに対して有効性が高いことが示されている。その一方、非小細胞肺がんにおいて、TMBが高いことだけが、PD-1阻害薬の治療効果予測のバイオマーカーにはならないことが示されていた。また、TMBが高く非自己抗原が豊富な非小細胞肺がんにおいて、PD-1阻害薬に抵抗性となる機序やその場合の有効な治療法はこれまで明らかになっていなかった。
患者検体解析で、TMB-highはWNT/βカテ二ン経路活性が高くCTL浸潤が低いと判明
TMBが高いにもかかわらず、がん組織内での免疫応答が乏しいがんの特徴を捉えるために、The Cancer Genome Atlas(TCGA)に登録されている230例の非小細胞肺がん遺伝子発現データベースを解析した。その結果、TMBの高い非小細胞肺がんでは、WNT/βカテ二ン経路の活性化が免疫応答の活性化と逆相関することが示された。
非小細胞肺がんにおけるWNT/βカテ二ン経路の活性化が、どのようにがん細胞に対する免疫応答に影響するかを詳細に調べるため、国立がん研究センター東病院および大阪大学医学部附属病院の22例の非小細胞肺がん症例から得られた検体を解析した。その結果、TMBが高い群は、非小細胞肺がん組織内の免疫細胞の浸潤を示すスコアが低い一方で、WNT/βカテ二ン経路の活性化を示すスコアが高いことがわかった。つまり、230例のデータベース解析と同様の所見が22例の検体においても確認されたことになる。
さらに、TMBが高いにもかかわらず、がん組織では免疫応答に乏しい非小細胞肺がんにおいて、末梢血液中のCD8陽性CTLを評価したところ、がん細胞の遺伝子変異に由来するがん抗原を認識し、免疫応答が強く誘導されることが確認された。
その結果、TMBが高くWNT/βカテ二ン経路が活性化した非小細胞肺がんでは、末梢血液中にはCD8陽性CTLが豊富に存在するにもかかわらず、がん組織内には浸潤できず、それによってPD-1阻害薬に抵抗性となることが明らかになった。
WNT/βカテ二ン経路阻害薬によるCTL浸潤回復をマウス実験で確認
次にマウスモデルにおいて、TMBが高くなることによりWNT/βカテ二ン経路が活性化するのか、さらに、その活性化によって免疫細胞の浸潤がどのように影響を受けるのか検証した。がん細胞株に、薬剤によってTMBを蓄積させ、薬剤投与期間の違いを用いて3段階のTMBのがん細胞株を作成し、野生株、中等度変異株、高度変異株に分類した。2種の変異株の細胞増殖および遺伝子発現を網羅的に解析して野生株と比較検討したところ、高度変異株は、中等度変異株よりもがんの増殖速度が遅く、WNT/βカテ二ン経路が活性化されていることを見出した。
また、がん組織内の免疫細胞を解析すると、CD8陽性CTLやその活性化に重要な抗原提示細胞が、高度変異株では有意に減少しており、その要因としてWNT/βカテ二ン経路の活性化に伴うCCL4の発現の低下がかかわることを明らかにした。高度変異株のがん細胞を移植したマウスを、WNT/βカテ二ン経路阻害薬で治療したところ、がん組織内への免疫細胞の浸潤が回復し、それに伴いCD8陽性CTLの増加が認められた。
以上より、TMBが高いがんでは、通常は遺伝子変異に由来するがん抗原に対する免疫応答が誘導されてがん増殖の阻害が起こるものの、遺伝子変異を蓄積する過程でWNT/βカテ二ン経路が活性化されると、CD8陽性CTLのがん組織内への浸潤が妨げられることにより、がん増殖が起こることを解明した。
TMB-highがんモデルマウスにWNT/βカテニン経路阻害薬+PD-1阻害薬治療でがん消失
これらのがんに対するWNT/βカテ二ン経路の阻害による治療効果を検討するため、TMBが高頻度で見られる大腸がんおよび肺がん細胞株を接種したマウスを、WNT/βカテニン経路阻害薬単剤、PD-1阻害薬単剤、および、WNTβ/カテニン経路阻害薬とPD-1阻害薬の併用で治療する実験を行った。その結果、それぞれの単剤療法では限定的な治療効果しか認められなかったのに対し、併用療法では、いずれのがんモデルでも完全にがんが消失した。
以上から、WNT/βカテ二ン経路が活性化した高度変異を伴うがんでは、WNT/βカテ二ン経路阻害薬とPD-1阻害薬の併用によって、高い治療効果が得られることが示唆された。この併用によって、将来、免疫療法の治療抵抗性を克服できることが期待される。「今後、がん患者を対象とした臨床開発への検討を重ね、新たな治療法の選択肢となることを目指す」と、研究グループは述べている。
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・国立がん研究センター プレスリリース