白皮症や視覚異常、出血時間延長などが特徴の遺伝性疾患HPS
京都大学は11月15日、ヘルマンスキー・パドラック症候群(HPS)1型患者由来のiPS細胞から肺の上皮細胞を作製し、肺芽オルガノイドで枝状構造が減少すること、肺胞上皮細胞で細胞内のエネルギー産生に重要なミトコンドリアの機能が低下していることを発見したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科呼吸器疾患創薬講座の後藤慎平特定准教授、末澤隆浩研究員ら、形態形成機構学の萩原正敏教授、呼吸器内科の平井豊博教授、杏林製薬株式会社創薬本部の村上浩二創薬企画部長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Respiratory Research」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
間質性肺炎は、肺のガス交換を担う肺胞に繰り返し炎症や損傷が起こることで、肺胞の壁が徐々に固くなり呼吸機能が低下する病気。肺胞に障害が起きる原因はさまざまだが、遺伝的に肺胞上皮細胞に障害を受けやすい患者がいる。HPSは、白皮症や視覚異常、出血時間の延長などを特徴とする遺伝性の病気。原因となる遺伝子によって複数の型があり、重症度も異なるが、中でもHPS1型(HPS1)は患者の数が最も多く、重篤な間質性肺炎を示すことが知られている。
成人してから特徴的な間質性肺炎発症のHPS1患者から作製のiPS細胞で解析
ヒトと実験動物(マウス)の肺には種差があるため、ヒトの細胞でも病気の原因を探索・検証することは重要だ。一方で、患者から肺胞上皮細胞を採取すること、またその機能を維持したまま長期間培養することが困難であるため、HPS1のヒト細胞を用いた研究は進んでいなかった。
研究グループは2014年、ヒトiPS細胞から肺上皮前駆細胞を効率よく作製することに成功。さらに、肺上皮前駆細胞から機能的な気道上皮細胞や肺胞上皮細胞が作製できることを示した。2019年には、幼少期から間質性肺炎を発症するHPS2患者由来のiPS細胞を用いて2型肺胞上皮細胞からの肺サーファクタントの分泌異常を報告していた。
そこで、今回の研究では、成人してから特徴的な間質性肺炎を発症したHPS1患者から作製した iPS細胞を用いて肺胞オルガノイドに分化誘導し、その特徴を解析することでHPS1患者が間質性肺炎を発症する原因を探索した。海外の細胞バンク(Coriell Institute for Medical Research)から入手したHPS1患者由来の線維芽細胞からiPS細胞を作製し、ゲノム編集によりHPS1遺伝子の変異を修復したiPS細胞を作製することで比較対照となる細胞を取得。それらのiPS細胞から肺上皮前駆細胞を作製し、2種類の培養方法を用いて作製した細胞の特徴を比較解析した。
HPS1患者由来iPS細胞から作製の肺芽オルガノイドでTGFβ増、作用抑止で枝状構造が回復
米国の研究チームから、HPS1遺伝子欠損ES細胞を用いて肺芽オルガノイドを作製すると、肺芽の枝状構造が弱まることが報告されている。そこで今回の研究では、肺芽オルガノイドの作製法を改良した上で、HPS1患者由来iPS細胞から分化誘導した肺芽オルガノイドを用いたところ、この枝状構造が弱まることが判明した。
HPS1患者由来iPS細胞から作製した肺芽オルガノイドでは、間質性肺炎を引き起こすと考えられているTGFβが増えており、その作用を止めることで枝状構造が回復することを確認した。
HPS1患者由来iPS細胞から作製の2型肺胞上皮細胞、ミトコンドリア膜電位低下の細胞が増
研究グループは、肺上皮前駆細胞と肺線維芽細胞を一緒に培養し肺胞オルガノイドとすることで、効率よく2型肺胞上皮細胞を作製できることを過去に報告している。HPS1患者肺の2型肺胞上皮細胞では、肺サーファクタントを貯めるラメラ体が肥大化することが知られており、今回研究グループが作製したHPS1患者由来iPS細胞から作製した2型肺胞上皮細胞においても同様の肥大化したラメラ体を観察した。
この細胞の中のタンパク質を詳細に解析した結果、細胞内のエネルギー産生に重要な役割を持つミトコンドリアの機能が低下している可能性が示された。ミトコンドリアの機能を示すものの一つにミトコンドリアの膜電位がある。実際に、HPS1患者由来iPS細胞から作製した2型肺胞上皮細胞では、ミトコンドリアの膜電位が低下した細胞が増えていることがわかった。
TGFβ活性化がHPS1肺病態形成に関与の可能性
今回の研究で作製したHPS1患者由来iPS細胞は、これまでの研究報告や実際の患者の病態をよく再現できているため、HPS1患者の病気の発症メカニズムの解明や治療薬の開発に役立つことが期待される。
今回の解析において、肺芽オルガノイドではTGFβの活性化がHPS1の肺病態の形成に関与している可能性が示された。一方、このオルガノイドに含まれる細胞は胎児の細胞に似ており、成熟した肺の上皮細胞であることまでは示すことができなかったとしている。病態の責任細胞の1つとして考えられてきた、2型肺胞上皮細胞で見出されたミトコンドリア機能の低下も治療標的となる可能性がある。これらの特徴が実際のヒトの病態と関連するかどうかは今後検証していく必要がある。
また、間質性肺炎では、肺胞上皮細胞の障害とそれに続く周囲の線維芽細胞の異常な活性化が病態形成に関与していると考えられている。今回の肺胞オルガノドを用いた解析では、肺胞上皮細胞を解析できたが、線維芽細胞についてはまだ十分に解析できていない。今後は、線維芽細胞の解析も行うことで、HPS患者が間質性肺炎を発症する原因を解明していきたい、と研究グループは述べている。
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