性行動による淋菌の咽頭感染、多くが無症状で知らずのうちに感染拡大
東邦大学は11月11日、WHOが世界における注目すべき抗菌薬耐性菌としている、第3世代セフェム系抗菌薬耐性の淋菌(Neisseria gonorrhoeae)が、口腔内常在菌の一種であるナイセリア サブフラバ(Neisseria subflava)からの自然形質転換により、同薬に耐性化することを実証したと発表した。この研究は、同大看護学部感染制御学の金坂伊須萌助教、大野 章非常勤講師、小林寅喆教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Antimicrobial Chemotherapy」に掲載されている。
画像はリリースより
近年、性行動の多様化により、淋菌が尿道、子宮頸部のみならず、咽頭や眼瞼結膜等の生殖器以外に感染する例が報告されている。性感染症の原因菌としてよく知られている淋菌は、淋菌性結膜炎においては、治療が遅れると角膜穿孔に到り失明するほど重症化させる病原菌である。淋菌の生殖器以外の感染として、特にoral sex(口腔性交)による咽頭への淋菌の感染は、その多くが無症状であることから、気が付かないうちに感染が拡大することが問題視されている。
セフトリアキソン耐性淋菌と患者試料の口腔ナイセリア属の遺伝子構造に一致する領域
この淋菌の咽頭感染は、治療薬である抗菌薬に対する耐性化に深く関わっていることが近年明らかになってきた。2013年に米国疾病予防管理センター(CDC)は薬剤耐性菌の脅威についてハザードレベルを発表し、抗菌薬耐性淋菌は最も深刻な「urgent threats」に引き上げ。翌年にはWHOが、淋菌の第3世代セフェム系薬(セフトリアキソン、製品名:ロセフィン)耐性化について警告を発し、世界における注目すべき抗菌薬耐性菌とした。
淋菌は、口腔内常在菌であるナイセリア属と同じ仲間に分類される。淋菌が咽頭に感染すると、元々口腔内に定着しているナイセリア属からの遺伝子導入(淋菌の自然形質転換能と呼ばれる遺伝子を受け取る特殊な性質)により、ある特定の遺伝子領域が変化(変異)する。この変化(変異)が、淋菌感染症治療の最後の切り札であるセフトリアキソンに対し耐性化する要因と考えられている。
研究グループは、2017年に国内でまだ報告の少ないセフトリアキソン耐性の淋菌を検出し、その遺伝子を解析した。また同時に、淋菌と同じ属である口腔ナイセリアの耐性化についても研究を進めてきた。その中で、このセフトリアキソン耐性淋菌と東京都内のデンタルクリニックを受診した患者唾液試料より分離された口腔ナイセリア属(ナイセリア サブフラバ)の遺伝子構造とが完全に一致する領域があることが明らかとなった。この結果は、淋菌が口腔内常在菌であるナイセリア サブフラバから遺伝子導入を受け、セフトリアキソンに耐性化した可能性を示唆していることから、この現象を実験的に証明することを試みた。
ナイセリア サブフラバからの自然形質転換により耐性を獲得
セフトリアキソン耐性淋菌の起源を明らかにするために、まず臨床より分離されたナイセリア サブフラバ株のpenA遺伝子の解析を行った。次に、PCRで増幅・精製したpenAをドナーDNAとし、セフトリアキソンに感受性を示す淋菌株をレシピエントとして形質転換実験を行った。その結果、形質転換体である淋菌NT1株はセフトリアキソンに耐性を示し、自然形質転換により耐性を獲得したことが示された。この淋菌NT1株のpenA遺伝子を解析したところ、ドナーであるナイセリア サブフラバのpenA遺伝子の配列と完全に一致していた。
この研究で解析したセフトリアキソン耐性淋菌は、2015年に日本で分離された多剤耐性を示す新規モザイクpenA遺伝子を保有する淋菌(FC428クローン)であり、現在このクローンは海外にも広まり、継続的に報告されている。今回の結果は、淋菌のセフトリアキソン耐性化が、口腔内常在菌であるナイセリア サブフラバからの自然形質転換によって得られたことを直接的に示しているだけではなく、海外においても報告されているFC428クローンの出現が、ナイセリア サブフラバのpenA遺伝子獲得によるものであるという研究発表の仮説を裏付ける証拠になる。
性風俗施設が抗菌薬耐性菌の温床となっている可能性
日本の性風俗産業特有の施設におけるoral sexにより、口腔咽頭環境に一時的に淋菌が定着することが、公衆衛生上の重大な脅威であり、これらの性風俗施設が新たな抗菌薬耐性菌の温床となっていることを示している。「これまでは、感染、発症しても適切に治療すれば軽症で回復できた感染症が、抗菌薬耐性菌では治療が難しくなり、抗菌薬耐性淋菌が市中に広く拡散する可能性もあることから、早急な対策が必要だ」と、研究グループは述べている。
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・東邦大学 プレスリリース