細胞膜の外層と内層は隔離された環境か?綿密なやり取りがあるのか?
理化学研究所(理研)は11月10日、神経疾患に関わる「PMP2タンパク質」が細胞膜を構成する脂質の一種である「スフィンゴミエリン」を細胞膜の脂質二重層の外層から内層に移動させることを明らかにしたと発表した。この研究は、理研開拓研究本部佐甲細胞情報研究室の阿部充宏専任研究員、佐甲靖志主任研究員、小林脂質生物学研究室の小林俊秀主任研究員(研究当時)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
細胞膜は細胞を取り囲む最も外側の膜で、タンパク質と脂質から構成されている。細胞膜の主要な脂質は、グリセロ脂質、スフィンゴ脂質、コレステロールだ。このうち、「スフィンクス(謎)」に由来するスフィンゴ脂質の機能は、その名の通り長い間謎に包まれていた。しかし、最近の研究により、スフィンゴ脂質の代謝産物の生理機能やスフィンゴ脂質とコレステロールが形成する「脂質ラフト」の構造から病態における役割まで、重要な知見が蓄積されてきた。
細胞膜で脂質は、外層と内層からなる二重層の構造をとっているが、外層と内層では構成成分が大きく異なる非対称な分布をしている。スフィンゴミエリンは、主に細胞膜外層に局在しているが、少量ながら内層にも存在する。細胞膜の外層と内層はそれぞれ隔離された環境なのか、あるいは内層と外層で綿密なコミュニケーションをとっているのかはわかっていない。
細胞質内のPMP2が、外層にあるスフィンゴミエリンを内層に移動させていた
培養細胞の細胞質中にスフィンゴミエリン分解酵素を発現させた場合、細胞質に接している細胞膜内層のスフィンゴミエリンだけが分解されると予想される。ところが、研究グループが調べたところ、細胞膜内層だけでなく外層のスフィンゴミエリンも減少することがわかった。この理由として、細胞膜外層のスフィンゴミエリンが未知の因子によって内層へ持続的に移動させられ、内層で細胞質中のスフィンゴミエリン分解酵素によって分解されるため、次第に外層のスフィンゴミエリンも減少することが考えられた。
そこでこの因子を同定するために、ノックダウンRNAのライブラリーを用いて、スフィンゴミエリン分解酵素を細胞質中で発現させても、細胞膜外層のスフィンゴミエリンが減少しない表現型を示す変異型を探索した。スクリーニングの結果、約10個の変異型が得られ、それらの原因遺伝子を特定した。このうち、最も強い表現型を示したPMP2タンパク質(Peripheral myelin protein 2)について解析を進めた。
PMP2は末梢神経系の神経細胞のミエリン鞘に多く含まれるタンパク質だが、FABP8(Fatty acid-binding protein 8)とも呼ばれ、脂肪酸結合タンパク質のファミリーに属している。このPMP2がスフィンゴミエリンを細胞膜外層から内層へ移動させるのかを確かめるための実験を行った。まず、細胞内でPMP2遺伝子を欠損させたPMP2ノックアウト細胞では、蛍光ラベルされたスフィンゴミエリンは細胞膜外層から内層へ移動しにくくなっていることがわかった。さらに、全反射顕微鏡や超解像顕微鏡による観察から、PMP2を過剰に発現させた細胞では、スフィンゴミエリンは細胞膜外層で減少し、内層で増加していることがわかった。
また、リポソーム(脂質二重層を形成した微小な人工膜のカプセル)と変異型PMP2を試験管内で反応させたところ、PMP2はスフィンゴミエリンをリポソームの片方の層からもう一方の層へ移動させていると判明。これらの結果から、PMP2はスフィンゴミエリンを細胞膜外層から内層へ移動させる活性を持つことがわかった。
PMP2<内層の特定の脂質に結合<細胞膜を変形<外層からスフィンゴミエリンが移動
次に、どのようにしてPMP2がスフィンゴミエリンを移動させているか調べた。PMP2は細胞質中に存在することから、細胞質中のPMP2が接している細胞膜内層の脂質と直接結合して、スフィンゴミエリンの移動を制御している可能性が考えられた。細胞膜内層に存在するいくつかの脂質とPMP2の結合能を調べたところ、PMP2がホスファチジルイノシトール4,5-ビスリン酸という脂質と特異的に結合することがわかった。
PMP2存在下で、ホスファチジルイノシトール4,5-ビスリン酸を含んだリポソームの形状を調べた結果、PMP2は球状のリポソームの一部からチューブ状の膜構造を形成させることがわかった。また、阿部充宏専任研究員らは過去の研究で、細胞では細胞膜外層に存在するスフィンゴミエリンのちょうど裏側の内層にホスファチジルイノシトール4,5-ビスリン酸が存在することを示している。このことを考え合わせると、PMP2は細胞膜内層のホスファチジルイノシトール4,5-ビスリン酸に結合し、細胞膜をチューブ状に変形させるが、このとき増加する内層側の表面積を補うために外層側からスフィンゴミエリンが移動すると考えられた。
シャルコー・マリー・トゥース病の原因となるPMP2の変異体は、活性が増強
PMP2タンパク質の遺伝子は、末梢神経疾患であるシャルコー・マリー・トゥース病の原因遺伝子の一つ。しかし、疾患を引き起こす詳細な分子メカニズムについてはよくわかっていない。最後に、シャルコー・マリー・トゥース病を引き起こす変異型PMP2を作製し、さらに検証を進めた結果、通常のPMP2に比べて、ホスファチジルイノシトール4,5-ビスリン酸への結合能、リポソームの変形活性、スフィンゴミエリンの移動活性が増加していることがわかった。
今回の研究成果は、シャルコー・マリー・トゥース病の分子メカニズムを理解する上で重要な手掛かりになると期待できるもの。
また、スフィンゴミエリンはさまざまなウイルスの細胞への感染に関わっている。ウイルスは変異しやすく、構成タンパク質の種類が多いことから、ウイルスそのものを標的とする創薬はなかなか困難だ。「今回の研究で明らかになった知見を基に研究を進めることで、今後、細胞側の因子を標的としたウイルス感染予防薬の開発に貢献すると期待できる」と、研究グループは述べている。
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・理化学研究所 研究成果