生まれ順は扁桃体の発達に作用し、向社会性の発達に影響を与えるのか?
東京大学は11月8日、約3,000人の10歳児を対象としたコホート調査から、生まれ順が遅い子どもでは生まれ順が早い子どもと比べ、向社会性が高いことを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科の笠井清登教授、同大国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構の岡田直大特任准教授、東京都医学総合研究所 社会健康医学研究センターの西田淳志センター長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
生まれ順は小児の発達にとって重要な環境因子だ。生まれ順が遅いと、きょうだい間の競争でストレスを受けやすく、親との愛着や親からの資源が少なくなりやすいこともあり、相対的に安心を感じにくい傾向があるとされている。また、先行研究では、生まれ順が早いと知能が高くなることが示されていた。
一方、生まれ順が社会的行動と関連しているか否かについては、複数の先行研究により報告されているが、年代などで結果が異なり議論の余地があった。向社会的な行動とは「他者の利益となるような自発的な行動」と定義されている。向社会性は社会性の一種で小児期に出現し、思春期早期までに発達することが知られており、生まれ順が向社会性に与える影響を思春期早期の児を対象に調査することは、有意義だと考えられる。
社会性やその一種である向社会性と関連する脳の部位やネットワークについては、近年の脳MRI研究により明らかにされてきていたが、社会的認知が発達する思春期において生まれ順が与える影響の、脳神経メカニズムは未知だった。社会性に関連する脳部位は複数知られているが、その中でも扁桃体は特に、ストレスなどの環境因子により、影響を受けやすい部位と考えられている。このことから研究グループは今回、環境因子である生まれ順が扁桃体の発達に作用し、さらには向社会性の発達に影響を与えるという仮説を立てた。
生まれ順が遅い子どもが他者を助けやすいことに扁桃体の体積や機能的ネットワークが関連
研究ではまず、大規模人口ベースの思春期コホートである東京ティーンコホート調査を用いて、思春期早期において生まれ順が向社会性に与える影響を調べた。向社会性は、対象となる思春期児の親が回答した「子どもの強さと困難さアンケート」により評価した。次に、東京ティーンコホート調査の一部の参加者を対象として、脳構造MRI画像と安静時脳機能MRI画像の撮像を実施し、生まれ順と向社会性との関連に対する、扁桃体体積および扁桃体機能的ネットワークの媒介効果をそれぞれ調べた。
第1に、生まれ順が遅い思春期児では生まれ順が早い児と比べ、向社会性が高いことを示した(対象:3,160人、平均年齢:10.2歳)。第2に、「生まれ順が2番目以降」→「扁桃体体積が大きい」→「向社会性が高い」という関連を見出した(対象:208人、平均年齢:11.6歳)。第3に、生まれ順が2番目以降では扁桃体と前頭前野との機能的ネットワークが相対的に大きくなり、さらに、「生まれ順が2番目以降」→「扁桃体と前頭前野との機能的ネットワークが大きい」→「向社会性が高い」という関連に有意な性差が認められることを見出した(対象:183人、平均年齢:11.7歳)。「生まれ順が2番目以降」→「扁桃体と前頭前野との機能的ネットワークが大きい」→「向社会性が高い」という関連が、女児ではその傾向が示唆される一方、男児ではむしろ逆の傾向が認められたという。
生まれ順が遅い子どもは向社会性の発達において有利である可能性
今回の研究は、生まれ順という非遺伝的環境因子が、異なる神経基盤を通じて思春期の社会性発達に影響を与えることを示した初めての成果だ。生まれ順が遅い児では、相対的に安心を感じにくい環境に対して、その環境への適応戦略として、扁桃体の発達を通じて向社会性を高めると推測される。生まれ順が早い長子や一人っ子では知能の発達において有利であるのに対し、生まれ順が遅い子は向社会性の発達において有利であり、それぞれの強み、生存戦略が異なる可能性が考えられる。
「思春期は精神の発達に重要な時期であり、向社会性は心理的レジリエンスと関係していることから、本研究結果は思春期における心の健康増進に貢献する可能性が期待される」と、研究グループは述べている。