低出生体重児と遺伝的高血圧リスクとの関連はまだ完全に解明されていない
東京医科歯科大学は11月5日、出生前コホート研究BC-GENISTデータ等を解析し、妊婦の高血圧生涯リスクが遺伝的に高い場合、血管臓器である胎盤の発育低下を通じて、児の出生体重を低下させることを突き止めたと発表した。この研究は、同大難治疾患研究所分子疫学分野の佐藤憲子准教授が、同大大学院医歯学総合研究科生殖機能協関学分野の宮坂尚幸教授らとの共同研究として行ったもの。研究成果は、「BMC Medicine」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
多くの疫学研究によって、低出生体重児や胎児発育不全児は将来高血圧、心血管疾患、2型糖尿病などを発症しやすいことが示されているが、そのメカニズムは明らかではない。これまで、低出生体重児の高血圧発症について、対立する2つの説、すなわち、「母体栄養不足や胎盤機能低下による子宮内環境悪化が原因」とする説と「子宮内環境とは無関係に、低い出生体重と高血圧に共通する遺伝要因が原因」とする説の間で長年議論が闘われてきた。近年、この議論の決着をつけるため、子宮内環境を母の遺伝型で代理させて、遺伝型と児の結果(出生体重あるいは生活習慣病発症)との関係から因果関係を推論するメンデルランダム化法を用いた検証が行われた。それらの研究は、欧州系集団を対象として、母体の収縮期血圧(SBP)上昇のポリジェニックスコアと児の出生体重との間に負の関連があることから、母の血圧上昇が児の出生体重を低下させると推論した。
ここで、メンデルランダム化法では、曝露と結果の関係が線形関係にあることを前提としているが、妊婦血圧と児の出生体重の間の負の相関を導いた遺伝的推論と、実際に観測から得られた妊婦血圧と児出生体重の間の正の相関結果との間には不一致がみられると報告されていた。またこのポリジェニックスコアは遺伝的な高血圧生涯リスクを意味するが、妊婦血圧に対して小さくても遺伝的関連性があるとし、解析は有効なものと考えられていた。しかし、妊婦は若い女性であることを考えるとその当てはめは適切ではない可能性があった。またこの一連の研究では、児の高血圧発症は、児が母から受け継いだ高血圧SNPが原因であり、子宮内環境によるものではないと結論されていた。
母体高血圧ではなく、血管臓器である胎盤の発育低下を介して出生体重低下
今回、研究グループは、東京医科歯科大学妊婦コホートデータを解析し、母の測定血圧と出生体重との関係は、逆U字型であることを示した。
次に、出生前コホート研究プロジェクトで収集した母児DNA検体のSNPタイピング、インピュテーションを行い、バイオバンクジャパンのGWASサマリ統計量を用いて、SBP、拡張期血圧(DBP)などの血圧上昇リスクのポリジェニックスコア(遺伝リスクスコア)を算出した。欧州系集団と日本人集団の間では、血圧上昇ポリジェニックスコアを構成するSNPの種類は異なったが、日本人出生前コホートにおいても母体のSBP上昇のポリジェニックスコアは出生体重と負に関連した。
研究グループは、血圧に関連するSNPの多くが、血管新生、血管機能や血管系構築に関係していること、また遺伝的リスクを負っていても高血圧を発症するのは通常高齢になってからであることに着目し、妊婦の場合、血圧を上昇させるSNPは、血管臓器である胎盤に強く影響を与えるであろうと考えた。その予想の通り、母血圧上昇ポリジェニックスコアは、胎盤重量と強く負に相関し、また胎盤重量と出生体重は強く正に相関した。
一方、母血圧上昇ポリジェニックスコアは、妊婦の実際の血圧とは関連しなかった。すなわち母血圧上昇ポリジェニックスコアの児出生体重低下効果は、母体高血圧ではなく、胎盤発育低下を媒介として、引き起こされることが明らかになった。さらに媒介分析法(Causal mediation analysis)を用いて、母SBP上昇ポリジェニックスコアの児出生体重低下効果のうち胎盤重量が媒介した効果の割合を解析した結果、その値は86%だった。
妊婦の遺伝的高血圧リスクによる児の成長速度の減速時期は、妊娠後期終盤に限定
近年のGWASの結果、血圧に関連するSNPは、腎臓、副腎等で血圧を調節する遺伝子のバリアントだけでなく、血管構築、血管機能、血管新生、リモデリングの制御に関係するSNPが多数あることが報告されている。血圧関連SNPのうち、血管に関係するSNPの高血圧リスクが血管組織である胎盤を介した出生体重低下に関連していることを示すため、日本人GWASで同定された多数の血圧関連SNPについて、複数のバイオデータベースを参照し、血管組織における遺伝子発現、クロマチン状態とSNP(連鎖不平衡にあるSNPを含む)との関係性に基づき「血管系に関連する」「血管系にはほとんど関連しない」「不明」の3つに分類し、「血管系に関連する」血圧SNPから構成される遺伝リスクスコアを算出した。その結果、「血管系に関連する」遺伝的リスクスコアは強い出生体重低下効果を示し、またその効果の約96%以上は胎盤重量による媒介効果であることがわかった。
次にアレルの伝達様式について解析。母と児は、半分遺伝的情報を共有している。ハプロタイプ構造とアレルの伝達様式を分析し、母由来で児に伝達継承されたアレル、母由来で児に伝達継承されなかったアレル、父由来で児に伝達継承されたアレルに分けて遺伝的リスクスコアを算出した。結果、胎盤成長阻害、出生体重低下との関連は母由来のアレルのみに認められたことから、遺伝的高血圧リスクによる児出生体重低下は、児の遺伝型そのものが原因なのではなく、母の遺伝型によるものであることが確認された。
また、出生体重の低下は、妊娠中の胎児の成長速度の低下によって引き起こされる可能性がある。研究グループは、超音波測定検査に基づく推定胎児体重の時系列データを平滑化し、それを微分して週ごとの胎児成長速度を算出した。結果、母の遺伝的高血圧リスクと成長速度との負の相関は、妊娠後期終盤に近づくにつれ、徐々に明らかになった。妊娠期間中、胎盤の成長が胎児の成長に先行することを考えると、母の遺伝的高血圧リスクはまず胎盤の成長に影響を及ぼし、その後胎児の成長に影響を及ぼすというモデルと整合性のある結果が得られた。
後期発症胎児発育不全の予測・スクリーニング法の開発に期待
今回の研究は、妊婦の遺伝的な高血圧生涯リスクは、母体高血圧ではなく、胎盤発育低下を通して、児の出生体重低下を導くことを明らかにした初めての研究。これまでのメンデルランダム化法を用いた研究は、血圧SNPは母体の測定血圧と関連するという前提条件が満たされていると仮定し、母の血圧上昇が児の出生体重の低下を招くモデルを採用していた。これに対して研究グループは、血圧SNPの多くが血管系の機能、構築に関係していることに着目し、妊婦の血圧SNPは胎盤発育と強く関連していること、および胎盤発育への影響を介して妊婦の遺伝的高血圧リスクが児の出生体重に影響していることを実証した。
これまでのメンデルランダム化法を用いた研究は、血圧、BMI、2型糖尿病に関連する母親の遺伝的リスクスコアや出生体重に関連する遺伝的リスクスコアを子宮内環境の代理として解析に用い、その結論として、子宮内環境は児の心血管疾患発症の主要な決定要因ではないと報告してきた。しかし、そこでは、今回明らかとなった母の高血圧遺伝的リスクと胎盤形質との関連が見過ごされていた。胎盤は子宮内環境を形成する器官そのものだ。今後、大規模な胎盤重量GWASをもとに胎盤重量低下の遺伝的リスクスコアを設計するなど、子宮内環境の代用としてより適した遺伝的リスクスコアを設計して、子宮内環境の胎児成長および児の健康への影響をさらに検討する必要があると、研究グループは指摘する。
また、これまで多くの胎児発育不全が胎盤の機能障害と関係していると推測されており、さらにその8割近くが32週以降の遅発性の発症だが、現在、胎児発育不全を事前に予測することは困難だ。しかし、母の遺伝的高血圧リスクは、妊娠後期の胎児発育速度低下に関連していた。従って、血管と関連する母の高血圧ポリジェニックスコアが胎児発育不全の予測やスクリーニング開発に役立つことが期待される。「さらに遺伝子機能解析を進めていくことにより、胎盤機能不全、胎児発育不全の病態の理解、治療薬の発見に貢献できる」と、研究グループは考えている。
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