加熱式たばこの急速な普及から6年余り、血液細胞のエピゲノム解析等を実施
岩手医科大学は11月4日、従来型たばこから加熱式たばこへの切り替え(平均約2年間)により、血液細胞におけるDNAメチル化および遺伝子発現パターンが従来型たばこ喫煙者とは異なるパターンを示すことを明らかにしたと発表した。この研究は、同大いわて東北メディカル・メガバンク機構生体情報解析部門の大桃秀樹講師、同部門長の清水厚志教授、慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室の武林亨教授、原田成専任講師、国立がん研究センターがん対策研究所予防検診政策研究部の片野田耕太部長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cancer Epidemiology, Biomarkers & Prevention」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
加熱式たばこ製品は、電気的に加熱されたタバコの葉から発生するニコチンやさまざまな化学物質を含むエアロゾルを吸入する新しいタイプのたばこ製品。加熱式たばこは、日本を含むいくつかの国で2014年半ばから販売されている。加熱式たばこの成分分析を行った研究により、加熱式たばこには従来型たばこと同程度のニコチンが含まれていること、従来型たばこよりも低濃度ではあるが発がん性物質が含まれていることが明らかになっているが、それに伴うたばこ関連疾患の発症リスクはいまだに解明されていない。日本では、2015年以降急速に普及していることから、加熱式たばこの健康リスク評価の基となる疫学研究の成果が早急に求められている。
近年の次世代シーケンサー(NGS)の向上により、ゲノム、DNAメチル化、遺伝子発現などの網羅的な分子プロファイリングを安価かつ迅速に解析できるようになっている。ゲノム情報は生涯を通じて基本的に変化しないが、DNAメチル化や遺伝子発現パターンは、生活習慣や環境化学物質への曝露によって変化し、さまざまな疾患の発症に関係することが知られている。中でも、従来型たばこの喫煙によりDNAメチル化や遺伝子発現パターンが変化することは複数の研究で報告されているが、加熱式たばこによる影響についてはまだほとんど調べられていない。
そこで研究グループは、慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室が中心となって進めている地域コホート研究(鶴岡メタボロームコホート研究)の参加者に今回の研究への参加を呼びかけ、参加同意者から提供された血液検体からDNAやRNAを抽出し、加熱式たばこによるDNAメチル化や遺伝子発現への影響を調べた。
加熱式たばこ使用者、非喫煙者、過去喫煙者、従来型たばこ喫煙者で比較
今回の研究では、鶴岡メタボロームコホート研究の参加者1.1万人を対象に、2018〜2019年度に実施したフォローアップ調査(追跡調査)に参加し、同意を得た2,789人から血液に含まれる末梢血単核球を収集した。2,789人の喫煙習慣の内訳は、加熱式たばこ使用者(加熱式)が53人、非喫煙者が1,657人、過去喫煙者が822人、従来型たばこ喫煙者(従来型)が257人だった。
同研究における加熱式たばこ喫煙者とは、「2012〜2015年度のベースライン調査時には従来型たばこを喫煙していたが、今回のフォローアップ調査までに加熱式たばこへ完全に切り替えた人」と定義した。53人の加熱式たばこ使用者のうち1人は、1日1本の使用と非常に少数の使用だったため、この1人を除外した52人を解析対象の加熱式たばこ使用者とした。性別や年齢、BMI、生活習慣病罹患歴などを元に対象者の特徴を要約するプロペンシティスコア(傾向スコア)を算出し、加熱式たばこ使用者52人に対して非喫煙者、過去喫煙者、従来型喫煙者と傾向スコアでマッチングを行い、それぞれから対象者を選択した。
DNAメチル化や遺伝子発現の変化は、非喫煙<加熱式たばこ<従来型たばこ
加熱式たばこ使用者と他の喫煙習慣がある人との間で、これまでに報告されている喫煙関連DNAメチル化マーカーの17遺伝子29CpGにおけるDNAメチル化パターンを比較した。その結果、AHRR、ALPP2、F2RL3、GNG12、GPR15、LRRN3、MGAT3、MYO1G、PRSS23、RARA、SLAMF4の11遺伝子17CpGのDNAメチル化パターンにおいて、加熱式たばこ使用者と非喫煙者との間に有意な差が認められた。さらに、その11遺伝子17CpGのうちMYO1Gを除く10遺伝子16CpGにおいて、従来型喫煙者よりも程度は低いものの、非喫煙者と比べて加熱式たばこ使用者で低メチル化が起こっていた。
一方、加熱式たばこ使用者と従来型喫煙者との間では、AHRR、C14orf43、F2RL3、LRRN3、MGAT3、MYO1G、RARAの7遺伝子14CpGで有意差を示した。興味深いことに、加熱式たばこ使用者と過去喫煙者との間で有意差を示したのは、PRSS23とSLAMF4の2遺伝子2 CpGのみだった。
続いて、4つの喫煙習慣群間において総当たりで遺伝子発現パターンを比較した。その結果、95種類の遺伝子において、有意な遺伝子発現を示すことが明らかになった。その95種類の遺伝子に着目して4つの喫煙習慣における遺伝子発現の特徴を比較するために主成分分析を実施。すると、従来型喫煙者と非喫煙者の遺伝子発現の特徴は分かれ、その2群間の中間ほどの位置に加熱式使用者と過去喫煙者が示された。この結果、遺伝子発現パターンにおいても、加熱式たばこ使用者は、従来型たばこ喫煙者より程度は低いものの、非喫煙者と比べて喫煙に関わる遺伝子発現の増減が多く観察されることが示唆された。
今回は喫煙と関連が報告されている部位のみ解析、今後は網羅的解析が必要
今回の研究は、加熱式たばこ使用者における分子遺伝学的影響を調べるため、日本人で構成されたコホート研究において、これまでに喫煙と関連すると報告されている17遺伝子(AHRR, ALPPL2, C14orf48, F2RL3, GFI1, GNG12, GPR15, HUS1, LRRN3, MGAT3, MYO1G, NCF4, PRSS23, RARA, SLAMF7, TMEM51, TNXB)のDNAメチル化マーカーに対するDNAメチル化解析と遺伝子発現解析を行った。その結果、従来型たばこから加熱式たばこへ切り替えた人(平均約2年、約半年〜3年間)では、DNAメチル化マーカーのDNA低メチル化および遺伝子発現パターンの増減は、従来型たばこ喫煙者よりも程度は低いものの、非喫煙者とは異なるパターンを示すことが明らかになった。
今回解析した加熱式たばこ使用者は、加熱式たばこへ切り替えてから3年以下だった。したがって、加熱式たばこの長期使用による分子遺伝学的影響については、今後疫学的な追跡調査を実施して明らかにする必要がある。また、今回のDNAメチル化解析は過去に報告されている喫煙との関連が示唆されているDNAメチル化マーカーに限定した解析になり、それ以外のCpG部位におけるDNAメチル化パターンについては明らかになっていない。「今後、ゲノム上のCpGを網羅的に解析できるマイクロアレイ解析や全ゲノムバイサルファイトシークエンシング解析などを行い、今回解析対象としていないCpG部位におけるDNAメチル化状態を解析し、加熱式たばこ使用によるDNAメチル化への影響をより詳細に調べる必要がある」と、研究グループは述べている。
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