骨格筋萎縮は認知機能低下の原因となり得るのか?
富山大学は10月25日、記憶障害を発症する前の若齢のアルツハイマー病モデルマウスの骨格筋を萎縮させると、それだけで認知症が発症するという現象と、その原因となる骨格筋から分泌され脳に移行する分子を明らかにしたと発表した。この研究は、同大学術研究部薬学・和漢系/和漢医薬学総合研究所・神経機能学領域の東田千尋教授と長瀬綸沙大学院生らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
アルツハイマー病発症の危険因子に関する疫学的研究は数多くあり、遺伝的素因以外の危険因子として、脳挫傷、生活習慣病、喫煙などが示されている。また、危険低下因子としては、教育歴の長さ、運動があげられている。
運動することが認知機能に有益な効果を及ぼすことは、これまでの複数の疫学データ、臨床研究データから示唆されている。逆に、加齢により筋量・筋力が低下する状態であるサルコペニアと認知症の併存率が高いことや、長期入院により認知症発症リスクが高まることが報告されており、身体活動の低下が認知機能に影響を及ぼす可能性が考えられている。しかし、この認知機能低下の原因が骨格筋萎縮によるものかどうかを直接証明した報告はなかった。
骨格筋は、運動の中心的役割を担う器官であり、様々な物質を分泌することも知られている。近年、運動により骨格筋から分泌が増し、骨格筋自体や他の臓器に有益な影響を及ぼす物質群(有益なマイオカイン類)に注目した研究が進んでいるが、研究グループは、運動不足すなわち筋萎縮によってなんらかの悪いマイオカインが増加し、それが脳に達し、認知機能を障害するのではないかという仮説を立てた。
アルツハイマー病モデルマウス、後肢固定で筋委縮誘発しただけで記憶障害を発生
今回の研究では、アルツハイマー病モデルの5XFADマウスを使用。このマウスでは、生後約6週でアミロイドβが脳内に蓄積し始め、生後約16週で記憶障害が生じる。同実験では、記憶障害が起こる前の12週齢のマウスに対して2週間のキャスト装着を行い、肢を動かなくすることにより筋萎縮を誘発(後ろ肢をギプスで固定)。その直後、記憶障害を検討したところ、キャストを装着していないマウスでは記憶能力が正常だったが、筋萎縮したマウスでは若齢にも関わらず記憶障害が発症していた。
骨格筋萎縮<ヘモペキシン増<筋肉から分泌<血液を介して脳に到達
このマウスの萎縮した骨格筋から分泌される分子を網羅的に調査。その結果、特にヘモペキシンタンパク質が増加していることがわかった。筋萎縮したマウスでは、ヘモペキシンの量が骨格筋中でも、血中でも、脳の海馬でも増えていることが確認されたので、骨格筋が萎縮すると、ヘモペキシンの合成が増して筋肉から分泌され、血液を介して脳まで到達すると考えられる。
若齢アルツハイマー病マウス脳室内にヘモペキシン2週間投与で、記憶障害を発症
そこで、認知障害発症前の若齢(6~7週齢)のアルツハイマー病モデルマウスの脳室内に直接ヘモペキシンを2週間、連続的に投与した結果、記憶障害を発症。さらに、このマウスの脳内で起きている変化を網羅的に調べた結果、神経炎症に関わる因子として知られているlipocalin-2(リポカリン2)が増加していたという。
以上より、キャスト装着による骨格筋萎縮により記憶障害の発症が早まること、その原因は、萎縮した骨格筋から分泌されるヘモペキシンが脳に作用することにあることが明らかになった。
骨格筋のヘモペキシン分泌特異的抑止などで認知症発症予防が可能か検証へ
今回の研究では、骨格筋の萎縮が認知機能障害の引き金を引くことが初めて明らかになった。この知見を応用し、骨格筋からのヘモペキシンの分泌を特異的に抑止することによって、あるいは、ヘモペキシンによって脳内で起きる事象を抑制することによって、認知症の発症を予防することが可能かどうかを検証する予定だと、研究グループは述べている。
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